岩根家住宅主屋とは

岩根家住宅主屋(いわねけじゅうたくしゅおく)は、大阪府富田林市五軒家二丁目にある江戸末期(1830年から1867年)建築の木造2階建の農家住宅で、平成20年(2008年)4月18日に登録有形文化財となった。建築面積は180平方メートル、屋根は入母屋造の桟瓦葺である。

敷地のほぼ中央に南を向いて建ち、屋敷の建物群の起点になっている。大正前期(1912年から1925年)に西側へ奥座敷が増築された際、あわせて手が入った。

富田林市の解説では、岩根家住宅主屋の規模は桁行9間・梁行4間で、北側に1間幅の下屋が付く。

大型農家の間取り

岩根家住宅主屋の平面は、東と西ではっきり性格が分かれる。東半分は土間を基本とした作業と炊事の場で、大型の竈がいまも残る。西半分は床を張った居室部で、5つの部屋に分かれ、その南側に続き座敷が並ぶ。

文化庁の解説は、建てられた当初は広い土間をもつ整形の四間取だったとみている。4つの部屋を田の字に組む形は、近世の上層農家に多い間取りである。のちに部屋が増えて5間取となり、土間側の広さも変わったことになる。

富田林市は、増改築を経ながらも8畳の座敷と釜屋(かまや)などの主要部が建築当初のようすをとどめていると書く。竈の据わる土間と田の字の居室。岩根家が酒造業に手を広げる以前の、農家としての暮らしの骨組みがここにある。

大正の改修で変わった外観

岩根家住宅主屋の現在の屋根形は、大正期の改修の結果である。富田林市によれば、大正初期に主屋の西へ奥座敷が設けられた時期に、2階部分が改修されて桟瓦葺の入母屋造となった。

酒造業で家が栄えていた時期にあたる。客を迎える座敷棟を新しく建て、それに合わせて主屋の屋根も整えた、と読むのが自然だろう。平面は近世の農家のまま、外観だけが近代の格式に合わせて更新された建物、という見方ができる。

文化庁は岩根家住宅主屋の評価を、近世の大型農家の面影を伝える点に置いている。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号は27-0462である。

見学のしかた

岩根家住宅主屋は敷地の中央にあり、周りを蔵や塀が囲むため、公道から建物の姿を見通すことはできない。内部の公開もない。土間の竈や田の字の居室を実際に見る機会は、現状では用意されていない。

屋敷の外まわりから見えるのは、南蔵・門屋・籠塀と、北西の酒蔵の妻壁である。屋敷の公開状況と行き方は岩根家住宅のページにまとめた。

Q&A

Q岩根家住宅主屋はいつ建てられましたか。
A文化庁のデータベースは江戸末期(1830年から1867年)とし、大正前期(1912年から1925年)に増築と改修が行われたと記しています。富田林市は江戸後期のものと伝えられると紹介しています。
Q岩根家住宅主屋の間取りはどうなっていますか。
A東半分が土間で大型の竈が残り、西半分は床上の5間取で、南側に続き座敷があります。当初は広い土間をもつ整形の四間取だったとみられています。
Q岩根家住宅主屋の屋根はなぜ入母屋造なのですか。
A富田林市によると、大正初期に西側へ奥座敷が増築された時期に2階が改修され、桟瓦葺の入母屋造になりました。
Q岩根家住宅主屋の規模を教えてください。
A木造2階建で建築面積180平方メートルです。富田林市の解説では桁行9間・梁行4間で、北に1間の下屋が付きます。
Q岩根家住宅主屋は見学できますか。
A見学できません。岩根家住宅は個人の住まいで一般公開されておらず、岩根家住宅主屋は敷地の中央にあるため公道からもほとんど見えません。

基本データ

名称岩根家住宅主屋(いわねけじゅうたくしゅおく)
所在地大阪府富田林市五軒家2-1525-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 27-0462
指定年平成20年(2008年)4月18日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積180平方メートル
所有者個人
公開状況非公開。公道からはほぼ見えない

参考文献

国指定文化財等データベース 岩根家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007087
文化遺産オンライン 岩根家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/198079
登録文化財 岩根家住宅(富田林市)
https://www.city.tondabayashi.lg.jp/site/bunkazai/2558.html
岩根家住宅主屋、奥座敷、酒蔵(富田林市)
https://www.city.tondabayashi.lg.jp/site/bunkazai/2496.html

最終更新日: 2026.09.26