慈眼院多宝塔――鎌倉時代の粋を伝える、日本最小の国宝塔

関西国際空港からほど近い大阪府泉佐野市の静かな里山に、日本でも屈指の優美な木造建築が静かに佇んでいます。鎌倉時代の文永八年(1271年)に建立された慈眼院の多宝塔は、泉佐野市唯一の国宝建造物であり、滋賀県の石山寺、和歌山県・高野山の金剛三昧院の多宝塔とともに「日本三名塔(三大多宝塔)」の一つに数えられる名建築です。塔の高さはわずか十メートル余り。屋外に建つ木造の多宝塔として国宝・重要文化財に指定されているもののなかで日本最小と伝えられるその姿は、小さな身体にぎゅっと凝縮された七百五十年以上の歴史と職人の技を宿し、訪れる人を魅了し続けています。

里山に静かに佇む鎌倉の名塔

慈眼院は、中世に摂関家・九条家の荘園として開発された日根荘の一角にあります。境内は苔むした石畳と古木に囲まれ、そばを流れる中世以来の井川(ゆがわ)のせせらぎが時間をゆるやかに包みます。多宝塔はそのなかに、整った姿で立ち上がっています。下重は方形、上重は円形、屋根は檜皮葺。決して大きくはない塔ですが、規模の控えめさと細部の緻密さの対比こそが、この多宝塔が長く愛されてきた理由です。

歴史的背景

慈眼院は、大阪南部の泉州地域における最古の寺院とされ、その起源は飛鳥時代後期にまで遡ります。寺伝によれば、天武二年(673年)に天武天皇の勅願寺として、覚豪阿闍梨(かくごう あじゃり)によって創建され、当初は井堰山願成就寺無辺光院(いせきざん がんじょうじゅじ むへんこういん)と呼ばれていました。隣接する日根神社の神宮寺として、近世末に至るまで神仏習合の関係を保ち続けます。

歴代天皇の勅願と弘法大師の伝承

奈良時代の天平年間(729年~749年)には聖武天皇の勅願寺となり、寺領一千石が加増されました。さらに弘仁六年(815年)には、真言宗の開祖である空海(弘法大師)がこの地に留まり、金堂や多宝塔をはじめとする伽藍を整えたと伝えられています。鎮護国家の道場としての荘厳な姿が古文献に記されています。

文永八年(1271年)の塔建立

現在の多宝塔が建立されたのは、文永八年(1271年)。この年は、モンゴル(元)の使者が再び来日して服従を要求し、後の文永の役へと向かう緊張が高まった時代でした。同じ年に日蓮が佐渡に流罪となるなど、国内外ともに大きな転換点となった鎌倉時代後期です。鎌倉幕府が国難に挙国一致で立ち向かうこの時期、各地の寺院では国家安泰を祈願する造営が進められました。慈眼院多宝塔は、その時代の祈りを今に伝える、静かな証人といえるでしょう。

戦火を生き抜いた奇跡の塔

慈眼院は南北朝時代の正平八年(1353年)に戦火で多くを失い、さらに天正十三年(1585年)には豊臣秀吉の紀州征伐により、伽藍の大部分が焼失します。しかし不思議なことに、多宝塔と金堂はいずれの戦火も免れて現存しています。慶長七年(1602年)には豊臣秀頼の援助で再興が始まり、寛文年間(1661年~1673年)には岸和田藩主・岡部氏により大規模な修復が行われました。寛文五年(1665年)、京都仁和寺の性承門跡から「慈眼院」の院号を賜り、以後は仁和寺の末寺として現在に至ります。

国宝に指定された理由

慈眼院多宝塔は、昭和二十八年(1953年)十一月十四日に国宝に指定されました。指定の根拠は、鎌倉時代の建立年が様式からも裏付けられること、規模に対する細部表現の高度な完成度、そして当初の構造と荘厳が良く残っている点にあります。

鎌倉時代多宝塔の代表例

多宝塔は、平安時代以来、真言宗・天台宗の密教寺院に多く見られる、日本独自に発達した二重塔の形式です。下重が方形、上重が円形という独特の構成と、亀腹(かめばら)と呼ばれる白い漆喰の腰回りが特徴とされます。慈眼院多宝塔は、鎌倉時代多宝塔のなかでも代表例の一つとして高く評価されており、十三世紀後半における多宝塔様式の到達点を示す貴重な遺構です。

洗練された組物と装飾

下重には二手先(にてさき)の組物が用いられ、これは小規模な多宝塔としては比較的複雑な部類に入ります。上重は多宝塔の法式どおり四手先(よてさき)の組物で円形塔身を支え、軒天井には七宝つなぎ文様が施されるなど、独自の意匠が見られます。中備(なかぞなえ)の蟇股(かえるまた)には鰭状(ひれじょう)の文様が彫られ、この部材が後に装飾化していく過程の一段階を示すものとして、建築史的にも重要視されています。

当初の須弥壇と内陣の保存状態

塔の内部には四天柱(してんばしら)がなく、一室の空間が広がります。天井は折上小組格天井(おりあげこぐみごうてんじょう)で、中央部はさらに二重に折り上げられた格式高い意匠です。塔と同時期に造られた須弥壇は、横連子(よこれんじ)と格狭間(こうざま)を組み合わせた二重構造で、上に擬宝珠高欄(ぎぼしこうらん)を備えています。後壁には蕨手付き(わらびでつき)の笠木(かさぎ)が取り付けられた珍しい形式が見られ、こうした内部荘厳が建立当初の姿を良く保っている点も国宝指定の重要な根拠となっています。なお、この仏壇は国宝指定の「附(つけたり)」に含まれています。

見どころ

日本最小の国宝多宝塔

塔高約十メートル五十センチメートル、下重は一辺約二メートル七十センチメートルの方形と、慈眼院多宝塔は屋外に建つ木造多宝塔のなかで国宝・重要文化財に指定されているもののうち最小と伝えられています。間近で眺められるその親密なスケール感は、遠く高い塔を見上げる体験とは異なる、細部までじっくりと味わう楽しみを与えてくれます。

檜皮葺の優美な屋根

屋根は檜皮葺(ひわだぶき)――檜の皮を幾重にも重ねて葺く、日本の伝統的な屋根技法です。職人の技によって定期的に葺き替えられるこの屋根は、なめらかな曲線と温かな茶色の階調を生み、瓦葺の塔にはない柔らかさを湛えます。周囲の杉木立や苔の緑とも調和し、四季それぞれの表情を見せてくれる風雅な姿は必見です。

本尊・大日如来坐像

塔内の須弥壇には、密教の中心仏である大日如来(だいにちにょらい)の坐像(大阪府指定有形文化財)が安置され、両脇には持国天(じこくてん)と多聞天(たもんてん)が侍立しています。通常は塔内を拝観することはできませんが、特別開帳の折にはこの本尊を間近に拝することができます。

隣接する重要文化財・金堂

多宝塔のすぐ隣には、同じく鎌倉時代建立の金堂が建っています。重要文化財に指定されているこの建物には、本尊として薬師如来が祀られ、毘沙門天とともに安置されています。多宝塔と金堂が並び立つ構図そのものが、中世寺院建築群の貴重なアンサンブルを今に伝えています。

苔の庭と四季の景観

鎌倉期建築の落ち着いた木の色合いと、地面を覆う苔の鮮やかな緑との対比は、慈眼院ならではの魅力です。特に梅雨時の苔が水を吸って生き生きとする様は格別。春には大阪府の天然記念物に指定された推定樹齢四百年超の名桜「慈眼院の姥桜(うばざくら)」が花を咲かせ、秋には紅葉が境内を彩ります。

拝観について

事前予約が必須

国宝・多宝塔および重要文化財・金堂の拝観には、必ず事前の電話予約が必要です。当日の飛び込み拝観は受け付けられません。法要などが行われる日は拝観できない場合もありますので、計画的に問い合わせを行ってください。なお正月の三が日と二月三日は予約不要で拝観でき、扉が開けられて塔内を拝観できる場合があります。

拝観時間・拝観料・マナー

拝観時間は通常、午前八時から午後五時まで(冬季は午後四時頃まで)。拝観料は入山料として一名様あたり約三百円です。境内は丁寧に手入れされた苔が広がっていますので、必ず石畳の上を歩き、苔を踏まないように注意しましょう。拝観は静粛に行うことが基本です。グループでの拝観は人数を分けて案内されることがあります。

アクセス

JR阪和線の日根野駅、または南海本線の泉佐野駅東口から、南海ウイングバス南部の21・23・24系統「犬鳴山」方面行きに乗車し、「東上(ひがしうえ)」または「東祖谷」付近のバス停で下車。バス停から徒歩すぐです。お車の場合は、関西空港自動車道「上之郷インターチェンジ」から約二キロメートル、約六分。寺の前に無料駐車場があります。

周辺情報

日根神社

慈眼院に隣接する日根神社は、平安時代の延喜式神名帳にも記載される古社で、慈眼院とは長らく神宮寺の関係にあった姉妹のような存在です。安眠祈願で知られる神社として、訪れる人も多く、慈眼院とあわせて参拝するのが定番のコースになっています。

井川(ゆがわ)と日根荘遺跡

境内を流れる井川(ゆがわ)は、約八百年前に開かれた中世の灌漑水路で、令和四年(2022年)には世界かんがい施設遺産にも登録されました。慈眼院を含む一帯は、九条家の荘園「日根荘」の遺跡として国の史跡に指定され、さらに日本遺産にも認定されています。中世の景観が残る里山を歩く楽しみがあります。

犬鳴山と七宝瀧寺

慈眼院から車で約二十分山に分け入ると、修験道の聖地・犬鳴山(いぬなきさん)の七宝瀧寺(しっぽうりゅうじ)があります。斉明天皇七年(661年)に開かれた、日本でも最古級の修験道寺院で、行者の滝などの修行場と豊かな自然が広がる空間です。歴史と自然の両方を堪能したい方におすすめです。

関西国際空港からの好アクセス

慈眼院は関西国際空港から車で約二十分という近さにあります。関空への到着便や出発便の前後の時間を利用して訪れる旅程も組みやすく、日本到着の最初の体験、または出国前の最後の祈りの場として、特別な意味をもつ訪問になることでしょう。

Q&A

Q多宝塔の内部に入ることはできますか?
A通常、塔内には立ち入ることができません。事前予約をして拝観料を納めれば、境内の特別エリアから多宝塔を間近で眺めることができます。塔内の本尊は、正月三が日や、寺院が告知する特別開帳の機会に拝観できる場合があります。
Qなぜ「日本三名塔」に数えられているのですか?
A慈眼院多宝塔は、滋賀県の石山寺多宝塔、和歌山県・高野山の金剛三昧院多宝塔とともに、日本でも特に美しく歴史的価値の高い多宝塔として「日本三名塔(三大多宝塔)」に数えられています。三塔とも国宝に指定されており、いずれも多宝塔という日本独自の建築形式を象徴する存在です。
Q外国人でも拝観できますか?
A外国人の方ももちろん拝観できますが、寺院での説明は基本的に日本語で行われます。電話予約も日本語が基本ですので、宿泊先のコンシェルジュや日本語が話せる方に予約を依頼するとスムーズです。詳しい案内をご希望の方は、泉佐野エリアガイドの会の通訳ガイドサービスを活用するのもおすすめです。
Qいつ訪れるのが最もおすすめですか?
Aどの季節もそれぞれの魅力があります。三月下旬から四月上旬には桜が咲き、特に名桜「姥桜」が見どころです。六月の梅雨時は苔が最も生き生きとし、緑が深まります。秋は紅葉、冬は静寂のなかで建築美を味わえます。気候の良い春と秋が観光には適していますが、雨上がりの静謐な空気を求めて梅雨時に訪れる方も多くいらっしゃいます。
Qどれくらいの所要時間を見ておけばよいですか?
A慈眼院の拝観だけであれば、概ね三十分から四十五分ほどです。隣の日根神社や、境内を流れる井川(ゆがわ)の散策と組み合わせると、一時間半から二時間ほど見ておくと余裕があります。さらに犬鳴山まで足を延ばす場合は、半日程度の行程となります。

基本情報

指定名称 慈眼院多宝塔(じげんいんたほうとう)
指定区分 国宝(昭和28年(1953年)11月14日指定)
員数 一基(附:仏壇一基)
建立年代 文永八年(1271年)/鎌倉時代
構造形式 三間多宝塔、檜皮葺
高さ 約10.5メートル
所有者 慈眼院(真言宗御室派/仁和寺末寺)
所在地 〒598-0021 大阪府泉佐野市日根野626
電話番号 072-467-0092
拝観時間 8:00~17:00(冬季は16:00まで)
拝観料 入山料 約300円(事前予約必須)
アクセス JR日根野駅・南海泉佐野駅から南海ウイングバス「東上」下車すぐ

参考文献

慈眼院多宝塔 - 文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/194830
【公式】国宝多宝塔 真言宗 慈眼院|日根野 - 泉佐野市
https://www.jigenin.or.jp/
慈眼院(じげんいん)| 歴史 | 泉佐野市観光サイト
https://visitizumisanojpn.com/jigen-in-temple/
慈眼院多宝塔 | 構成文化財の魅力 | 日本遺産 日根荘
https://hinenosho.jp/bunkazai/tahouto.html
慈眼院 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/慈眼院
国宝-建築|慈眼院 多宝塔[大阪] | WANDER 国宝
https://wanderkokuho.com/102-02173/
慈眼院・多宝塔(国宝)| ニッポン旅マガジン
https://tabi-mag.jp/os0410/

最終更新日: 2026.04.29