香里園に建てられたレーモンドの校舎
聖母女学院校舎は、大阪府寝屋川市美井町にある昭和7年(1932年)竣工の鉄筋コンクリート造校舎で、平成9年(1997年)5月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。告示は同年5月29日、登録番号は27-0017である。登録回は第2回、制度創設の直後にあたり、大阪府内では最も早い時期に登録された近代建築の一つになる。
設計はアントニン・レーモンド。学院の来歴を先に置くと、大正10年(1921年)にフランスのヌヴェール愛徳修道会から7人の修道女が来日し、大正12年(1923年)に大阪市玉造(現・中央区)で聖母女学院が開学した。校地が手狭となり、京阪電気鉄道が宅地開発を進めていた香里園の旧遊園地運動場跡へ、昭和7年2月に移転する。同年4月には同じ敷地に小学校が開校した。
移転にあわせて建てられたのが、現在登録されているこの校舎である。鉄筋コンクリート造地上2階地下1階建、建築面積3233平方メートル。3階部分は後年の増築による。当初は修道院を併設していたが、現在は教室・図書室・事務室として使われている。学院は平成29年(2017年)に共学化し、校名を香里ヌヴェール学院と改めた。
平面が評価された建築
登録基準は「造形の規範となっているもの」。ここで規範とされたのは、意匠の一点ではなく平面計画そのものである。
校舎を上から見るとE字形をなす。長い廊下を背骨とし、そこから教室棟が指のように張り出す構成で、フィンガー型平面と呼ばれる。奥行きの深い箱型校舎では採光は片側からしか得られず、通風も滞る。教室を細い翼へ押し出せば、二方向から光が入り、風は棟を横切って抜ける。梅雨から盛夏にかけて湿度の高い日本の気候条件下で、これは衛生上の判断でもあった。寝屋川市の文化財解説も、採光への配慮が内部の明るさに直結していると記す。国指定文化財等データベースは、この校舎を同型平面の初期の例と位置づけている。
いっぽう外観の語彙は別系統にある。レーモンドは細部装飾と陰影を帯びた仕上げを削ぎ落とし、直角と水平、白く塗られた壁面で面を構成した。当時の日本のモダンデザインが向かっていた方向である。ところが正面入り口だけがその原則を外れる。スパニッシュ風のコロネードが前面に立ち、柱頭はコンポジット式、すなわちイオニア式の渦巻をコリント式のアカンサスに載せたローマ由来の混成様式で仕上げられている。近代主義の建築家が本来採らない選択で、国指定文化財等データベースはこの取り合わせを意匠上の特徴として明記する。修道会の学校という施主の性格が、白い箱に地中海的な玄関を与えたと読むこともできよう。
レーモンドは1888年、当時オーストリア=ハンガリー帝国領のボヘミア(後のチェコスロバキア、現在のチェコ)に生まれた。プラハで建築を学んだのち渡米し、フランク・ロイド・ライトの事務所に入る。大正8年(1919年)、旧帝国ホテル建設の主任製図工として来日し、のち独立して東京に事務所を構えた。ソビエト大使館、東京ゴルフ倶楽部などが戦前期の代表作にあたる。1976年没。この校舎の施工は竹中工務店で、契約書の日付は昭和6年12月3日である。
つづら箱から出てきた図面
令和2年(2020年)11月、校内の資料倉庫にあった木製のつづら箱から、69枚の青図と竹中工務店との契約書が見つかった。以後も資料は次々に現れ、レーモンド設計事務所とのやり取りや、京阪電気鉄道と電燈について交わした書簡を含めて、総数は300点を超えたと報じられている。
この規模の近代建築が、竣工当時の図面を手元に残している例は多くない。戦災、火災、そして単純な廃棄によって失われるのが通例である。登録が行われた平成9年の時点では存在しなかった一次資料が、四半世紀後に手に入ったことになる。校舎はその後、DOCOMOMO Japanによる「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定された。
訪問にあたって押さえておきたいのは、ここが博物館ではなく現役の学校施設だという点である。一般見学の受け入れはなく、公開時間も拝観料も設定されていない。学院には守衛室があり、用務のある来訪者はそこに立ち寄る運用になっている。予約なしの見学目的の立ち入りは想定されていない。同窓会の企画として建造物の内覧会が開かれた例はあり、建築を目的に内部を見たい場合は、事前に学院へ相談するのが現実的な道筋になる。外観は周辺道路から一部を望むことができる。アクセスは京阪本線の香里園駅から徒歩約10分。同線で大阪中心部までおよそ30分の距離にあり、レーモンドの関西作品をたどる行程に組み込みやすい位置にある。
Q&A
- 聖母女学院校舎は見学できますか。公開時間はありますか。
- 聖母女学院校舎は現在も香里ヌヴェール学院の校舎として使われており、一般見学の受け入れはありません。公開時間や拝観料の設定もなく、用務のある来訪者は守衛室に立ち寄る運用です。外観は周辺道路から一部を望むことができます。
- 聖母女学院校舎の設計者は誰ですか。いつ建てられましたか。
- 設計はアントニン・レーモンド(1888年から1976年)です。旧帝国ホテル建設のためフランク・ロイド・ライトに随行して大正8年に来日し、のち独立した建築家です。校舎は学院の香里園移転にあわせて昭和7年(1932年)に竣工し、施工は竹中工務店、契約書の日付は昭和6年12月3日です。
- 聖母女学院校舎の「フィンガー型平面」とはどのような構成ですか。
- 背骨となる廊下から教室棟が指のように張り出す平面形式で、この校舎ではE字形をなします。各教室が複数の方向から採光でき、風が棟を横切って抜けるため、均等な日照と通風が得られます。国指定文化財等データベースは同型平面の初期の例と位置づけています。
- 聖母女学院校舎はいつ登録有形文化財になりましたか。重要文化財との違いは何ですか。
- 平成9年(1997年)5月7日登録、告示は同年5月29日、登録番号27-0017です。重要文化財が国による「指定」で現状変更に許可を要するのに対し、登録有形文化財は届出制で、使いながら保存することを前提とした緩やかな制度です。教育施設として稼働し続けているこの校舎に適合しています。
- 聖母女学院校舎への行き方を教えてください。
- 所在地は大阪府寝屋川市美井町1011-6です。京阪本線の香里園駅から徒歩約10分。同線で大阪中心部までおよそ30分の位置にあります。
基本情報
| 名称 | 聖母女学院校舎(せいぼじょがくいんこうしゃ) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府寝屋川市美井町1011-6 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0017 |
| 指定年 | 平成9年(1997年)5月7日登録/告示は同年5月29日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造地上2階地下1階建、建築面積3233平方メートル(3階部分は後年の増築) |
| 所有者 | 学校法人聖母女学院 |
| 公開状況 | 現役の学校施設のため一般見学の受け入れなし |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース — 聖母女学院校舎
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000141
- 文化遺産オンライン — 聖母女学院校舎
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/137411
- 寝屋川市 — 聖母女学院校舎(せいぼじょがくいんこうしゃ)
- https://www.city.neyagawa.osaka.jp/organization_list/shiminkatsudou/bunkasport/bunkazai/namesagasu/index_sa/1378174508013.html
- 学校法人聖母女学院 — 大阪・香里キャンパス
- https://www.seibo.ed.jp/access/osaka
- 香里ヌヴェール学院中学校・高等学校
- https://www.seibo.ed.jp/nevers-hs/
最終更新日: 2026.08.20