勝鬘院塔婆とは
勝鬘院塔婆は、大阪府大阪市天王寺区夕陽丘町にある慶長2年(1597年)の多宝塔で、明治40年(1907年)5月27日に国の重要文化財に指定された(文化庁)。読みは「しょうまんいんとうば」。
文化庁の記録では、三間多宝塔、本瓦葺で、附として銅銘板1枚があわせて指定されている。指定番号は00392である。
文化庁の記録にある明治40年(1907年)の指定日は、旧法による指定の日付である。
秀吉の寄進と伝わる多宝塔
勝鬘院塔婆は、慶長2年(1597年)の三間多宝塔で、本瓦葺とし、附として銅銘板1枚があわせて指定されている(文化庁)。大阪市教育委員会によれば、豊臣秀吉が寄進したと伝えられる。
大阪観光局によれば、勝鬘院は聖徳太子が四天王寺の四箇院の一つとして建てた施薬院に始まると伝え、本尊の愛染明王から愛染堂として親しまれている。塔の本尊は木造の大勝金剛坐像で、四本の柱に金剛界曼荼羅の36尊を配し、内壁に八方天を描いた立体曼荼羅となっている(大阪市教育委員会)。
重要文化財としての価値
文化庁の記録に解説文はなく、構造欄と年代が指定の内容を伝える。大阪観光局は、桃山時代を代表する建築の一つとしている。
見どころ
多宝塔の上下二重の屋根と、内部の柱に配された金剛界曼荼羅の諸尊が見どころである(大阪市教育委員会)。
見学について
勝鬘院が所有する(文化庁)。大阪観光局によれば、拝観時間は9時から16時30分で、参拝・拝観とも無料、Osaka Metro谷町線の四天王寺前夕陽ケ丘駅から徒歩2分である。
Q&A
- 勝鬘院塔婆はいつ建てられましたか?
- 慶長2年(1597年)です(文化庁)。
- 誰が建てましたか?
- 豊臣秀吉が寄進したと伝えられます(大阪市教育委員会)。
- 塔の中には何がありますか?
- 大勝金剛坐像を本尊とし、柱と壁に諸尊を描いた立体曼荼羅です(大阪市教育委員会)。
- 拝観料は?
- 無料です(大阪観光局)。
- 勝鬘院塔婆が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 明治40年(1907年)5月27日です(文化庁)。
基本情報
| 名称 | 勝鬘院塔婆(しょうまんいんとうば) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市天王寺区夕陽丘町 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 明治40年(1907年)5月27日指定 |
| 員数 | 1基(附 銅銘板1枚) |
| 寸法 | 三間多宝塔、本瓦葺 |
| 所有者 | 勝鬘院 |
| 公開状況 | Osaka Metro谷町線 四天王寺前夕陽ケ丘駅から徒歩2分(大阪観光局) |
参考文献
- 勝鬘院塔婆(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2082
- 勝鬘院多宝塔(大阪市教育委員会)
- https://www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/cmsfiles/contents/0000673/673872/4.pdf
- 愛染堂勝鬘院(大阪観光局)
- https://osaka-info.jp/spot/shomanin
最終更新日: 2026.10.22