樟徳館鎮守社とは
樟徳館鎮守社(しょうとくかんちんじゅしゃ)は、大阪府東大阪市菱屋西2丁目にある昭和14年(1939年)の社殿で、平成12年(2000年)10月18日に登録有形文化財となった。樟蔭学園の創立者・森平蔵の私邸だった樟徳館に屋敷神として設けられた社で、「八幡さん」と呼ばれている。
樟徳館鎮守社は敷地の西北の奥、土蔵の南側に位置する。文化庁のデータベースは構造を木造平屋建・銅板葺、建築面積3.3平方メートルと記す。登録された樟徳館の6件のうちもっとも小さく、主屋(1,169平方メートル)と比べると300分の1にも満たない。
登録の理由と価値
樟徳館鎮守社の登録基準は「造形の規範となっているもの」である。文化庁の解説によると、社殿は八幡造で、大分県宇佐市の宇佐神宮の本殿を手本にしてつくられた。全国の八幡宮の総本宮とされる社の形式を、建築面積3.3平方メートルの小さな社殿に写したものである。
屋敷神は、家や屋敷地を守る神を敷地の一角にまつるもので、商家や農家の屋敷に広く見られる。樟徳館鎮守社は主屋・土蔵・門・塀と同じ昭和14年に建てられ、同じ日に登録された。屋敷を構えるとき、住まいや蔵と並んで守り神の社までを一揃いで整えたことが、6件の顔ぶれから分かる。
八幡造の社殿と三段の基壇
八幡造は、切妻造の建物を前後に2棟並べ、そのあいだを1つの屋根の谷でつないで1つの社殿とする形式である。前の棟と後ろの棟の屋根が並び、横から見ると屋根の稜線が2つ連なって見える。樟徳館鎮守社は建築面積3.3平方メートルの小さな社殿のなかに、この前後2棟の構成を収めている。
社殿の周りは縁石で区切られ、間口6.7メートル、奥行4.7メートルの区画をつくる。その中央に花崗石を積んで、見かけ3段の基壇を築き、社殿を載せている。小さな社殿を石の壇で一段高く持ち上げ、縁石で囲って、屋敷の一角に区切られた神域をつくっている。
樟徳館鎮守社の見学
樟徳館鎮守社は敷地の西北の奥にあり、門のある長瀬川沿いの道からは敷地の反対側にあたる。塀の外から社殿が見えるかどうかは確認できていない。
樟徳館鎮守社に近づける可能性があるのは、学園が4年に一度行う一般公開の日である。ただし公開日に鎮守社の区画まで立ち入れるかどうかは、確認した範囲の案内には書かれていなかった。屋敷神の社なので、見られる場合も縁石の区画の外から静かに拝見したい。
Q&A
- 樟徳館鎮守社はいつ建てられ、いつ登録されたのですか?
- 昭和14年(1939年)に樟徳館の屋敷神として建てられ、平成12年(2000年)10月18日に登録有形文化財となりました。
- 樟徳館鎮守社には何がまつられているのですか?
- 屋敷を守る屋敷神として設けられた社で、「八幡さん」と呼ばれています。社殿は宇佐神宮の本殿を手本にした八幡造です。
- 樟徳館鎮守社の大きさはどのくらいですか?
- 社殿の建築面積は3.3平方メートルです。縁石で囲った区画は間口6.7メートル、奥行4.7メートルで、中央に花崗石の基壇があります。
- 樟徳館鎮守社の八幡造とはどのような形式ですか?
- 切妻造の建物を前後に2棟並べ、あいだを屋根の谷でつないで1つの社殿とする形式です。横から見ると屋根の稜線が2つ並びます。
- 樟徳館鎮守社は見学できますか?
- 敷地の奥にあるため、ふだんは見学できません。4年に一度の一般公開の日に区画まで近づけるかどうかは、案内に記載がありません。
基本情報
| 名称 | 樟徳館鎮守社 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府東大阪市菱屋西2-4-12 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成12年(2000年)10月18日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積3.3平方メートル。区画は間口6.7メートル、奥行4.7メートル |
| 所有者 | 学校法人樟蔭学園 |
| 公開状況 | 敷地の奥にあり、ふだんは非公開。一般公開時の立ち入り範囲は未確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 樟徳館鎮守社(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001934
- 文化遺産オンライン 樟徳館鎮守社
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/114814
- 学校法人樟蔭学園 登録有形文化財「樟徳館」定期一般公開を行います(2024年)
- https://www.osaka-shoin.ac.jp/news/2024/10151116/
最終更新日: 2026.10.05