筒井家住宅土塀とは
筒井家住宅土塀は、大阪府堺市北区中百舌鳥町の筒井家住宅で屋敷の東側の庭を囲む瓦葺の土塀で、文化庁の登録では江戸時代中期に築かれたとされ、令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財(建造物)となった。
総延長は134メートルある。文化庁の解説によると、門長屋の南辺の西寄りから東へ延び、南へ折れ、さらに東へ延びてから北へ折れ、土蔵の北東に至る。東面の中ほどには潜戸が開く。文化庁は種別を「土塀」とし、堺市は形式を築地塀と記している。
筒井家住宅土塀が登録された理由 ― 屋敷ができたころの景観
筒井家住宅土塀の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁は、屋敷の構えが成り立ったころの敷地の景観を今に伝える塀だと評価する。
堺市は、筒井家住宅土塀が敷地のまわりにめぐらされ、新田を開いた家の屋敷構えの特徴を示していると説明する。文化庁の解説が「東側庭園を囲う」とするのに対し、堺市の説明は敷地の周囲とやや広く捉えており、どこまでを登録の範囲とみるかは現地の案内や所有者への確認が要る。
筒井家住宅土塀の造り ― 団子積と出桁の軒
屋根は本瓦葺。壁の芯は、練った土を団子のように丸めて積み上げる団子積で、表面は荒壁で仕上げる。壁の芯に柱を立てて腕木を出し、そこに出桁を渡して軒を支える。土の塊を積むだけでなく木の骨組みで屋根を持たせているため、瓦の重い軒を深く出すことができる。
塀が何度も鍵の手に折れることにも意味がありそうだ。日本建築学会の論文(清水重敦、2025年)は、塀の南辺の中ほどが南へ折れる線が、ちょうど主屋と座敷棟の接合部の南北線と重なることに注目する。延宝年間まで屋敷地はいまの西半分ほどだったとみられ、この線はかつての敷地境の名残かもしれないという。
堺市は、屈曲の多い塀や通路が、侵入に備えた城を思わせると述べ、武家に連なる家柄を屋敷の構えで示していた可能性を指摘している。
筒井家住宅土塀の見学
筒井家住宅土塀は個人の屋敷の塀で、敷地の中は公開されていない。塀の内側に入ったり、塀に触れたり登ったりしないでほしい。
外観は文化庁のデータベースに写真が載っている。文化庁の登録では江戸中期とされ、西暦欄は1661〜1751年である。見学の条件と屋敷への行き方は、筒井家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 筒井家住宅土塀の長さはどのくらいですか?
- 総延長は134メートルです。門長屋の南から東へ延び、何度も折れながら土蔵の北東まで続きます。
- 筒井家住宅土塀はどのように造られていますか?
- 土を団子のように積む団子積の壁に荒壁を仕上げ、柱と腕木、出桁で本瓦葺の軒を支えています。東面の中ほどに潜戸があります。
- 筒井家住宅土塀はいつ築かれましたか?
- 文化庁の登録では江戸時代中期で、西暦欄は1661〜1751年と記されています。
- 筒井家住宅土塀はいつ登録有形文化財になりましたか?
- 令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財(建造物)となりました。
- 筒井家住宅土塀は見学できますか?
- 個人の屋敷のため敷地の中は公開されていません。外観の写真は文化庁のデータベースで見られます。
基本情報
| 名称 | 筒井家住宅土塀 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府堺市北区中百舌鳥町4丁535 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和2年(2020年)4月3日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 総延長134メートル(土塀、瓦葺) |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(個人の住宅) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)筒井家住宅土塀
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013284
- 堺市 筒井家住宅主屋、座敷棟、茶室、門長屋、土蔵、土塀
- https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/torokuseido/tsutsuikejyuutaku.html
- 清水重敦「夕雲開の新田開発と筒井家住宅」日本建築学会計画系論文集 第90巻第835号(2025年)
- https://doi.org/10.3130/aija.90.2032
- 堺市 御廟表塚古墳パンフレット
- https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/gobyoomotezuka_koukai.files/gobyouomoteduka_pamp_kokai.pdf
最終更新日: 2026.09.26