筒井家住宅主屋とは

筒井家住宅主屋は、大阪府堺市北区中百舌鳥町にある筒井家住宅の中心となる建物で、文化庁の登録では江戸時代前期に建てられ、江戸時代後期と末期に増築されたとされ、令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財(建造物)となった。

敷地のほぼ中央に南を向いて建つ木造平屋建で、茅葺の入母屋造の大屋根のまわり四方に下屋を廻す。建築面積は290平方メートル。茅葺の上屋は桁行8間、梁間3間の大きさがある。北面の中央と北東には角屋が突き出し、北の角屋は筒井家住宅土蔵へ、東面の南寄りは座敷棟へとつながっている。

間取りは西側を広い土間、東側を2列6室とする。調査で確かめられた部屋の呼び名は、表の列が「ヨリツキ」(6畳)、「ヒロシキ」と小部屋、奥の列が「ゲンカン」(8畳)、「ダイドコロ」(8畳)、「ロクジョウ」(6畳)。土間はいまは大戸口のある「カドグチ」を残して床が張られている。

筒井家住宅主屋が登録された理由 ― 新田を治めた管理所

筒井家住宅主屋の登録基準は「造形の規範となっているもの」である。文化庁の解説は、新田の管理所を改修して住まいにした建物であり、新田開発の歴史を示す貴重な遺構だと評価する。堺市も、新田開発の管理所として創建された、屋敷でいちばん古い建物と説明している。

日本建築学会の論文(清水重敦、2025年)は、改造の跡から当初の姿を復原している。茅葺の上屋は桁行6間、梁間3間で、床の上がる部分はヨリツキ・ヒロシキ・小部屋の3室が1列に並ぶだけ、残りはすべて土間だった。畳敷きはヨリツキだけで、ほかは幅1間の板敷きである。ヨリツキは大坂近郊の新田会所でいう「勘定場」にあたる部屋と考えられ、人が暮らす家というより、年貢や作付けを取り仕切る事務所に近い。

論文は、河内平野に残る新田会所と比べて筒井家住宅主屋を「素朴で初源的な形式」と位置づけ、大阪近郊の新田管理所の原形を示す建物だと結論している。

筒井家住宅主屋の年代 ― 江戸前期か、1700年ころか

文化庁のデータベースは筒井家住宅主屋を江戸前期とし、西暦欄には1615〜1661年と時代の幅を示している。ただし建築年を直接示す史料は残っていない。

令和4年(2022年)、当初材とみられる3本の部材で放射性炭素年代の測定が行われた。背面側の上屋桁を支えるツガの柱、南面の上屋桁、扠首を受ける小屋梁(いずれもアカマツ)で、どれも17世紀末の値を示した。削られた外側の年輪を足すと、木を伐ったのは1700年ころになる。

論文はこの結果から、現在の主屋を1700年ころの建築と推定する。筒井家が堺から当地へ本拠を移した天和元年(1681年)から正徳2年(1712年)の間にちょうど重なる。敷地には延宝年間までに管理所が建っていたことが絵図から分かるので、いまの主屋はそれを建て替えた2代目の管理所ということになる。文化庁の年代と論文の推定のどちらを採るかは、読む側が両方を踏まえて判断したい。

筒井家住宅主屋の見どころ ― 茅の大屋根と継ぎ足された2間

外観でまず目を引くのは、茅葺の上屋に瓦葺の下屋がぐるりと廻る二段の屋根である。北東の角屋は入母屋造の本瓦葺で8畳の座敷を収め、茅の大屋根に瓦の小屋根が寄り添う形になっている。

屋根裏の構造は、上屋桁の間に1間ごとに渡した小屋梁の上に扠首を組む形式である。小屋梁にはねじれの強い松材が使われ、ヨリツキの北西の隅柱は梁の筋に立ちながら、梁がねじれているために柱に触れていない。近くの古い民家と比べても古い形式だと論文は見ている。

茅葺の上屋の東2間は、19世紀に入ってから継ぎ足された部分である。西の6間の柱は134ミリ角で風蝕が強いのに対し、東の2間の柱は129ミリ角で傷みが少ない。東の柱列は西より40ミリほど南にずれて立ち、差鴨居も東の2間にしか入らない。主屋はこの増築で住まいの機能を備えたが、境の柱筋は板戸で締め切れるようになっており、管理所と住まいを分けられる造りが残った。

筒井家住宅主屋の見学

筒井家住宅主屋は個人の住まいの一部で、建物の内部も外観も一般には公開されていない。敷地に入って見ることはできない。

外観は、文化庁の国指定文化財等データベースと堺市のページに載る写真(市川靖史撮影)で確かめられる。茅の大屋根と瓦の下屋の重なりは、南正面から撮られたこの写真でよく分かる。見学の条件と屋敷への行き方は、筒井家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q筒井家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁の登録では江戸時代前期の建物で、江戸時代後期と末期に増築されたとされています。令和4年(2022年)の放射性炭素年代の測定を踏まえた2025年の論文は、現在の主屋を1700年ころの建築と推定しています。
Q筒井家住宅主屋はもともと何に使われた建物ですか?
A新田「夕雲開」を管理する事務所として建てられました。当初は床の上がる部屋が3室しかなく、残りは土間で、のちの増築で住まいになりました。
Q筒井家住宅主屋の屋根はどんな形ですか?
A茅葺の入母屋造の大屋根のまわりに瓦葺の下屋を廻し、北東には本瓦葺の角屋が付きます。建築面積は290平方メートルです。
Q筒井家住宅主屋はいつ登録有形文化財になりましたか?
A令和2年(2020年)4月3日に、筒井家住宅のほかの5件とともに登録有形文化財(建造物)となりました。
Q筒井家住宅主屋は見学できますか?
A個人の住まいのため公開されていません。外観は文化庁のデータベースや堺市のページの写真で見ることができます。

基本情報

名称筒井家住宅主屋
所在地大阪府堺市北区中百舌鳥町4丁535
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和2年(2020年)4月3日登録
員数1棟
寸法建築面積290平方メートル(木造平屋建、茅葺)
所有者個人
公開状況非公開(個人の住宅)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)筒井家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013279
堺市 筒井家住宅主屋、座敷棟、茶室、門長屋、土蔵、土塀
https://www.city.sakai.lg.jp/kanko/rekishi/bunkazai/bunkazai/torokuseido/tsutsuikejyuutaku.html
清水重敦「夕雲開の新田開発と筒井家住宅」日本建築学会計画系論文集 第90巻第835号(2025年)
https://doi.org/10.3130/aija.90.2032
大阪文化財ナビ 筒井家住宅
https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/%E7%AD%92%E4%BA%95%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85

最終更新日: 2026.09.26