宇野家住宅主屋とは

宇野家住宅主屋(うのけじゅうたくしゅおく)は、大阪府貝塚市北町にある江戸末期(1830年から1867年)の大規模な町家で、平成15年(2003年)3月18日に登録有形文化財となった。木造平屋建、瓦葺で、建築面積は374平方メートルに及び、土塀が付く。

旧紀州街道に面した屋敷の北西寄りに建つ。貝塚市の解説では、宇野家住宅主屋の規模を桁行9間、梁間7間としている。

安政の地震のあとに建てられたという伝え

宇野家住宅主屋には、安政の地震のあとに建てられたという伝えがある。貝塚市はこの地震を、安政元年(1854年)に起きた安政南海地震と特定している。

ただし文化庁も貝塚市も「伝える」「伝えられる」という書き方にとどめ、建築年を定める記録には触れていない。文化庁のデータベースは、宇野家住宅主屋の年代を江戸末期という幅で示す。

文化庁が登録にあたって評価したのは、大規模な町家であることに加え、内部がよく残っている点である。登録番号は27-0219、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。

土間の梁組と北側の座敷

文化庁の解説が宇野家住宅主屋の見どころとして挙げるのは、土間の上に架かる豪壮な梁組と、北側の座敷である。

平屋建で374平方メートルという数字は、2階を重ねずに平面を大きく広げた家であることを示す。桁行9間、梁間7間の広がりを、土間の上では太い梁が受けている。

文化庁の茶室の解説からは、宇野家住宅主屋の奥の様子も少しわかる。北側の仏間のさらに北には角屋が張り出し、そこにも茶室が設けられている。別棟の茶室は、主屋の東北にある座敷から渡り廊下で結ばれている。

宇野家住宅主屋の見学

宇野家住宅主屋の内部は公開されていない。土間の梁組も北側の座敷も、見学の機会は設けられていない。

外観は旧紀州街道に面した西側から見ることができ、表構えの北には、同じく登録された高塀が続く。屋敷全体の見学条件と行き方は、宇野家住宅のページにまとめた。

Q&A

Q宇野家住宅主屋はいつ建てられましたか。
A江戸末期(1830年から1867年)の建物です。安政元年(1854年)の安政南海地震の後に建てられたと伝えられています。
Q宇野家住宅主屋の大きさはどれくらいですか。
A木造平屋建で、建築面積は374平方メートルです。貝塚市の解説では桁行9間、梁間7間の大規模な町家とされています。
Q宇野家住宅主屋はいつ登録有形文化財になりましたか。
A平成15年(2003年)3月18日です。登録番号は27-0219で、茶室・東土蔵・西土蔵・高塀の4件と同じ日に登録されました。
Q宇野家住宅主屋の見どころはどこですか。
A文化庁の解説は、土間の上に組まれた豪壮な梁と、北側の座敷がよく残っていることを挙げています。
Q宇野家住宅主屋の内部は見学できますか。
Aできません。宇野家住宅は個人の住まいで、一般公開されていません。外観は旧紀州街道の公道から見られます。

基本データ

名称宇野家住宅主屋(うのけじゅうたくしゅおく)
所在地大阪府貝塚市北町17-17
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 27-0219
指定年平成15年(2003年)3月18日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積374平方メートル、土塀付
所有者個人
公開状況非公開。外観は旧紀州街道から見られる

参考文献

国指定文化財等データベース 宇野家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003274
文化遺産オンライン 宇野家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/116154
宇野家住宅(貝塚市)
https://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/bunkazaidata/bunkazai/kuni_sitei/tourokubunkazai/unoke.html

最終更新日: 2026.09.26