宇野家住宅東土蔵とは

宇野家住宅東土蔵(うのけじゅうたくひがしどぞう)は、大阪府貝塚市北町にある江戸末期(1830年から1867年)の土蔵造2階建の蔵で、平成15年(2003年)3月18日に登録有形文化財となった。屋根は本瓦葺、建築面積は26平方メートル。

宇野家住宅東土蔵は主屋の後ろに広がる庭の南東隅に建つ。文化庁は、主屋とほぼ同じころの建物とみている。

狂言の装束を預かった蔵

宇野家住宅東土蔵には、屋敷のほかの建物にはない来歴がある。文化庁の解説によると、宇野家は願泉寺の狂言方に属しており、薪能で用いる狂言の装束をこの蔵で預かっていた。

願泉寺は、貝塚市が貝塚寺内町の中心寺院と紹介している寺である。鋳物を家業とした家が寺の能の催しに狂言方として加わり、その衣装を自宅の蔵に納めていた。宇野家住宅東土蔵は、町の寺と1軒の家との結びつきを示す建物でもある。

地棟に登梁を架ける小屋組

宇野家住宅東土蔵の規模は2間に3間で、文化庁はこれを土蔵の標準的な大きさとしている。

屋根を支える小屋組は、桁行方向に通した地棟に、両側から登梁を掛け渡す形式である。同じ屋敷の西土蔵は地棟を持たず、別の方法で棟木を受けている。建てられた時期の異なる2つの蔵で、架構の考え方が違っている。

登録番号は27-0221、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

宇野家住宅東土蔵の見学

宇野家住宅東土蔵は主屋の後方、庭の南東隅にあり、配置から見て旧紀州街道からは見えにくい。内部の公開もない。

屋敷全体の見学条件と行き方は、宇野家住宅のページにまとめた。

Q&A

Q宇野家住宅東土蔵には何が収められていましたか。
A宇野家は願泉寺の狂言方に属しており、薪能で使う狂言の装束をこの蔵で預かっていました。
Q宇野家住宅東土蔵はいつ建てられましたか。
A江戸末期(1830年から1867年)で、主屋と同じころとみられています。平成15年(2003年)3月18日に登録有形文化財となりました。
Q宇野家住宅東土蔵の大きさと構造は。
A土蔵造2階建、本瓦葺で、建築面積は26平方メートル、規模は2間に3間です。小屋組は地棟に両側から登梁を掛け渡す形式です。
Q宇野家住宅東土蔵と西土蔵はどう違いますか。
A東土蔵は江戸末期の建築で、地棟に登梁を掛けます。西土蔵は明治期の建築で地棟を持たず、水平の梁で棟木を支えます。用途も、東土蔵は狂言の装束、西土蔵は自家の衣装でした。
Q宇野家住宅東土蔵は見学できますか。
Aできません。宇野家住宅は個人の住まいで一般公開されておらず、東土蔵は主屋後方の庭の中にあります。

基本データ

名称宇野家住宅東土蔵(うのけじゅうたくひがしどぞう)
所在地大阪府貝塚市北町17-17
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 27-0221
指定年平成15年(2003年)3月18日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺(本瓦葺)、建築面積26平方メートル
所有者個人
公開状況非公開。主屋後方の庭の中にあり通りからは見えにくい

参考文献

国指定文化財等データベース 宇野家住宅東土蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003276
文化遺産オンライン 宇野家住宅東土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/179496
宇野家住宅(貝塚市)
https://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/bunkazaidata/bunkazai/kuni_sitei/tourokubunkazai/unoke.html
寺内町エリア(貝塚市)
https://www.city.kaizuka.lg.jp/kanko/onedaytrip/jinaicho.html

最終更新日: 2026.09.26