山野家住宅主屋及び塀とは
山野家住宅主屋及び塀は、大阪市北区西天満3丁目にある大正7年(1918年)頃建築の大塀造の町家とその塀で、令和3年(2021年)に登録有形文化財となった。読みは「やまのけじゅうたくおもやおよびへい」。
主屋は木造2階建の瓦葺で、屋根は切妻造の桟瓦葺、建築面積は93平方メートル。通りに面して、主屋と一体となった木造・瓦葺の塀と玄関を建て、前庭を挟んで奥に主屋を置く。塀の延長は14メートルある。文化庁のデータベースは、昭和8年(1933年)に改修を受けたことも記している。
大塀造は、通りに沿って高い塀を立て、その内側に前庭をとって主屋を奥へ引く町家の形式である。一般的な町家が店構えの表を通りに直接向けるのに対し、大塀造では塀と門が通りの顔になる。文化庁の解説は、大阪の中心部に残る大塀造の町家として、山野家住宅主屋及び塀を貴重なものと評価している。
北の大火からの再建
西天満3丁目は、かつての天満堀川の西側にあたり、近世から続く市街地である。明治42年(1909年)の「北の大火」ののち、この一帯には近代の町家が数多く建てられた。大阪市の修景事例紹介によれば、それらの多くはその後建て替えられ、町並みは大きく変わったが、山野家は建築当初の外観と平面を保っている。
大阪市立住まい情報センターの広報誌『あんじゅ』によると、当時この地で造り酒屋を営んでいた山野家は、大火で母屋と隣接する借家を失った。当主はまず焼け出された借家の住人のために借家を建て直し、そのあとで大正7年(1918年)に自らの母屋を再建したという。現在の山野家住宅主屋及び塀は、この再建の姿を伝える建物である。
所有者は、この通りを大阪天満宮のかつての参道に沿った町並みと位置づけ、その保存に寄与したいとの思いを市に寄せている。『あんじゅ』は、夏には天神祭の陸渡御の行列が家の前を通ると紹介している。
登録の理由と価値
登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。都心の繁華街にありながら、塀・玄関・前庭・主屋という大塀造の構成がそろって残っている点が評価の中心である。『あんじゅ』は、大塀造の町家が北区のような都心部で見られることは少ないと述べている。
平面は、通り土間に沿って3室を並べる町家の定型を踏む。2階は座敷と洋風の書斎とする。『あんじゅ』によれば、この洋間はモザイク風の寄木張りの床をもつ応接間で、洋風の応接間は主屋の玄関脇に設けられる例が多いところ、山野家では2階に置かれている。大正期の町家が洋風の要素をどう取り込んだかを示す例として、見逃せない点である。
細部の造りも入念である。『あんじゅ』は、大屋根、そのすぐ下の下屋、塀の上部で、それぞれ異なる瓦を使い分けていることや、建具の下半分に網代を施した扉、戸棚、鴨居、床の間に至るまで工夫が凝らされていることを伝えている。1階の座敷からは奥の前栽が望め、建具や浴室の天井、2階の座敷と応接間は当初の形をとどめているという。
見どころ
山野家住宅主屋及び塀の見どころは、まず通りから見上げる塀の高さにある。玄関の格子戸と比べると、塀がどれほど高いかがよく分かる。玄関の格子戸の内側には蛇腹式の門扉が備えられ、玄関から主屋までは石敷きのアプローチが続く。
塀の上に見える主屋の2階にも目を向けたい。開口部の上の小壁は聚楽塗、ほかは杉皮張りで仕上げられ、窓の前には真鍮の手すりが付く。屋根に目を移すと、大屋根、下屋、塀の上の瓦がそれぞれ異なることにも気づくはずである。
令和3年(2021年)には、大阪市の地域魅力創出建築物修景事業を活用して外観が整えられた。外壁に這っていた空調配管を建物の内部へ通し、室外機を側面へ移したほか、2階の庇の歪みを直し、傷んだ瓦と銅板を葺き替えた。外壁は既存と同じ杉皮張りと聚楽塗で補修され、手すりは設置時の写真が残っていなかったため、所有者の記憶をもとに意匠と色を決めて復旧した。窓ガラスも既存と同様の意匠になるよう、サンドブラスト加工のものに替えている。いま通りから見える姿は、この修景によって往時に近づけられたものである。
隣接するマンションの1階部分にも、山野家と同様の高塀が設けられている。この敷地はかつての借家の跡で、マンションの玄関には借家の頃の石畳が移されているという。大塀造の町家と、その景観を受け継ぐ新しい建物とが、一続きの塀で通りに向き合っている。
見学方法
山野家住宅主屋及び塀は個人の住まいで、内部は公開されていない。見学は、通りから塀と玄関、塀越しに見える主屋の2階を眺める形になる。所有者は今後、町に開く機会もつくりたいと考えていると『あんじゅ』は伝えているが、現時点で定期的な公開の案内はない。
撮影は公道からに限り、玄関の格子戸の内側や前庭をのぞき込むような撮り方は控えたい。住宅と店舗が混在する通りなので、立ち止まる際は歩行者や車の通行の妨げにならないよう注意すること。
最寄り駅は、京阪中之島線のなにわ橋駅、大阪メトロ谷町線・堺筋線の南森町駅、JR東西線の大阪天満宮駅で、いずれも地図上の概算で徒歩10分以内の距離にある。大阪天満宮の境内からは西へおよそ500メートルの位置である。
Q&A
- 山野家住宅主屋及び塀は見学できますか?
- 個人の住まいのため、内部は公開されていません。通りから塀と玄関、塀越しに主屋の2階を見ることはできます。
- 山野家住宅主屋及び塀の「大塀造」とはどんな形式ですか?
- 通りに沿って高い塀を立て、その内側に前庭をとって主屋を奥に置く町家の形式です。山野家では、塀と玄関が主屋と一体に造られています。
- 山野家住宅主屋及び塀はいつ建てられましたか?
- 明治42年(1909年)の北の大火で焼失したのち、大正7年(1918年)頃に再建されました。昭和8年(1933年)に改修を受けています。
- 山野家住宅主屋及び塀への行き方は?最寄り駅はどこですか?
- 京阪中之島線のなにわ橋駅、大阪メトロの南森町駅、JR東西線の大阪天満宮駅が最寄りで、いずれも徒歩10分以内です(地図上の概算)。
- 山野家住宅主屋及び塀はいつ登録有形文化財になりましたか?
- 令和3年(2021年)2月4日に登録されました。登録番号は27-0812です。同じ年度に大阪市の修景事業で外観が整えられています。
基本情報
| 名称 | 山野家住宅主屋及び塀(やまのけじゅうたくおもやおよびへい) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市北区西天満3丁目2-7 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和3年(2021年)2月4日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 主屋:木造2階建、瓦葺、建築面積93平方メートル/塀:木造、瓦葺、延長14メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(外観は通りから見学可) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「山野家住宅主屋及び塀」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013608
- 文化遺産オンライン「山野家住宅主屋及び塀」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/569282
- 大阪市「修景事例紹介『山野家住宅』」
- https://www.city.osaka.lg.jp/toshiseibi/page/0000565237.html
- 大阪市立住まい情報センター『あんじゅ』91号「山野家住宅」
- https://www.osaka-angenet.jp/ange/ange91/260000421
最終更新日: 2026.09.26