如蘭塾塾舎及び寄宿舎:フランク・ロイド・ライトの意匠を受け継ぐ武雄の文化財

佐賀県武雄市、景勝地として知られる御船山の山麓に、如蘭塾塾舎及び寄宿舎(じょらんじゅくじゅくしゃおよびきしゅくしゃ)は静かに佇んでいます。近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトの高弟として知られる遠藤新が設計を手がけたこの建造物は、1999年に国の登録有形文化財に登録されました。昭和17年(1942年)に中国子女のための全寮制私塾として建設されたこの建物は、ライト風のプレーリースタイルと日本の伝統建築が見事に融合した貴重な文化遺産であり、日中文化交流という壮大な理念が形となった歴史的建造物です。

創設者・野中忠太の志:教育で結ぶ国際交流

如蘭塾の誕生は、一人の実業家の崇高な理念から始まりました。野中忠太(1886〜1947年)は佐賀県鹿島市に旧佐賀藩士・池上林平の四男として生まれ、佐賀市の老舗製薬販売業・野中烏犀園の養子となった後、大正4年(1915年)に満州へ渡りました。奉天(現在の瀋陽)で貿易業を起こし、やがて満蒙物産、満州土地建設、奉天合同自動車などの社長を兼任する大実業家へと成長しました。

事業の成功を収めた野中は、その成果を善隣友好と文化交流に還元しようと決意します。中国の若い女性を日本に招き、日本の文化や家庭に親しませることで、両国の相互理解を深めるという構想でした。昭和15年(1940年)に計画が公表されると各方面から賛同が寄せられ、別府市などとの誘致合戦の末、野中の郷里に近く、官民挙げて熱烈に要望した武雄町(現・武雄市)が建設地に選ばれました。御船山山麓の約39万6千平方メートルの丘陵地に、巨額の私財を投じて塾舎・寄宿舎・運動場・プールなどの建設が進められました。

「如蘭」の名は、塾生たちが蘭の花のように小輪ながらも高雅な香りで周囲を満たすような人物に成長してほしいという願いが込められています。昭和18年(1943年)5月3日に行われた開塾式には、佐賀県知事や旧藩主鍋島家当主である侯爵・鍋島直映ら約500名が参列し、その壮大な船出が祝福されました。

建築家・遠藤新による設計

如蘭塾の設計を担った遠藤新(1889〜1951年)は、日本近代建築史において極めて重要な存在です。福島県に生まれ、東京帝国大学建築学科を卒業後、1917年にフランク・ロイド・ライトの建築設計事務所に入り、帝国ホテルの設計・建設においてチーフアシスタントを務めました。ライトの帰国後も設計監理を引き継ぎ、自由学園明日館や旧山邑家住宅(現・ヨドコウ迎賓館)など、ライトが日本で手がけた建築のすべてを実質的に完成へ導いた人物です。

1935年以降、遠藤は満州と日本を行き来して設計活動を展開しており、満州で事業を営む野中忠太との接点もこの時期にありました。如蘭塾は昭和16年(1941年)に設計され、翌年8月に竣工しています。

ライト風プレーリースタイルの意匠

塾舎及び寄宿舎は、木造平屋建一部二階建、瓦葺の建物で、建築面積は約489平方メートルです。平面はL字形をなし、南向きに建つ東西棟の塾舎(事務室と教室が一列に並ぶ)の東端から、寄宿舎棟が直角に北へ延びています。

最大の建築的見どころは、両棟の接合部に位置するエントランスです。ここには凝灰岩を用いた親柱が2本立ち、吹き放ちの玄関ポーチを形成しています。この凝灰岩の柱は、ライトが帝国ホテルなどで大谷石を多用したことを想起させる、まさしくライト風の独特の構えです。自然の素材を建築に有機的に取り込むという師の理念を、遠藤が忠実に受け継いでいることが一目で感じられる意匠となっています。

寄宿舎棟はエントランスに面して玄関があり、その奥には二階建ての板敷きの広い部屋があります。廊下部分や北側の一部は後年の増築ですが、建物の核となる部分は当初の設計意図をよく留めています。

登録有形文化財としての価値

如蘭塾塾舎及び寄宿舎は、平成11年(1999年)8月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その評価のポイントは複数あります。まず、フランク・ロイド・ライトの高弟として名高い遠藤新が設計に携わったとされる建築であり、造形の規範となる建物として建築史上の価値が認められています。凝灰岩を用いた玄関の親柱に見られるプレーリースタイルの影響は、ライトから遠藤への建築思想の継承を示す貴重な実例です。さらに、日中文化交流という歴史的背景をもつ教育施設としての歴史的価値も高く評価されています。

見どころ・魅力

如蘭塾を訪れると、建築、歴史、文化交流が一体となった多層的な体験が待っています。

凝灰岩のエントランス

建物の顔ともいえる吹き放ちのエントランスは、凝灰岩の親柱がライトの建築哲学を静かに語りかけてきます。水平線を強調したプロポーション、自然素材の活かし方、周囲の景観との調和——建築に関心のある方にとって、戦時下の教育建築にライトの意匠が生きていることは驚きと感動をもたらすでしょう。

寄宿舎と教室の空間

平成元年に修復が行われた建物内部では、かつてここで学んだ中国からの留学生たちの生活を偲ぶことができます。板敷きの広い部屋、伝統的な間取りの教室空間は、1940年代の寮生活の息吹を今に伝えています。

迎賓館(含章閣)

塾舎の西側に建つ迎賓館(含章閣)も同じく登録有形文化財です。洋間、広縁付きの大広間、座敷などを備えた上質な建物で、こちらも遠藤新の設計と伝えられています。館内には、溥儀の弟で書家としても知られる愛新覚羅溥傑が揮毫した「如蘭塾」の書が掲げられています。また、奥の部屋には満州国奉天省美術協会審査員を務めた松永南樂による御船山の四季を描いた襖絵があり、芸術的にも高い価値を持つ空間です。

復元された塾生の制服

当時の塾生が着用していた夏服・冬服が忠実に復元され、展示されています。80年以上前にこの地で学んだ若い女性たちの姿を具体的にイメージすることができる、貴重な展示です。

野中忠太銅像

敷地内には創設者・野中忠太の銅像が立ち、教育と国際交流に生涯を捧げたその志を今に伝えています。

時を超えた交流の物語

終戦により如蘭塾の教育活動は突如として終わりを迎え、塾生との音信も途絶えました。しかし昭和58年(1983年)、一人の元塾生が当時の武雄市長に手紙を送ったことで、長い歳月を経て交流が復活します。昭和60年(1985年)には元塾生40名が再来日を果たし、再会が実現しました。

その後、交流は二世・三世へと広がり、10数名が清香奨学会から奨学金を受けて日本に留学しています。2022年には開塾80周年を迎え、野中忠太の掲げた教育と友好の理念は、世代を超えて受け継がれ続けています。

周辺の観光情報

如蘭塾は、佐賀県でも屈指の観光エリアに位置しています。

すぐ近くにある御船山楽園は、弘化2年(1845年)に武雄領第28代領主・鍋島茂義が造営した約15万坪の大庭園で、国登録記念物に登録されています。春は2千本の桜と20万本のツツジ、秋は圧巻の紅葉が楽しめるほか、夜間にはチームラボによるデジタルアートの展示も開催され、国内外から多くの来園者を集めています。

1,300年以上の歴史を誇る武雄温泉も徒歩圏内です。肥前国風土記にも記された古湯で、豊臣秀吉や宮本武蔵など歴史上の名だたる人物も訪れたと伝えられています。辰野金吾が設計した楼門は武雄市のシンボルとなっています。

その他にも、樹齢3,000年の御神木で知られる武雄神社の大楠、斬新な建築で話題を集めた武雄市図書館、中国陶磁器のコレクションで名高い陽光美術館・慧洲園など、見どころが豊富に揃っています。

Q&A

Q如蘭塾は予約なしで見学できますか?
A見学には事前予約が必要です。一般財団法人清香奨学会(電話:0954-22-2256、受付時間:9:00〜17:00、土日祝休み)にお電話でお申し込みください。
Q武雄温泉駅からのアクセスは?
AJR武雄温泉駅から車やタクシーで約5分です。JRバス嬉野温泉行きに乗車し、御船山楽園付近で下車して徒歩でアクセスすることも可能です。
Q如蘭塾とフランク・ロイド・ライトの関係は?
A如蘭塾の設計者・遠藤新は、フランク・ロイド・ライトの最も信頼された弟子の一人で、帝国ホテルの設計・建設でチーフアシスタントを務めた建築家です。如蘭塾のエントランスに見られる凝灰岩の親柱は、ライトの建築哲学であるプレーリースタイルの影響を色濃く示しています。
Q迎賓館(含章閣)も見学できますか?
Aはい、如蘭塾の見学予約の際に迎賓館もあわせて見学できます。溥傑の書や松永南樂の襖絵など、貴重な美術品もご覧いただけます。
Q周辺でおすすめの観光スポットは?
Aすぐ近くの御船山楽園(四季の花々とチームラボのデジタルアート)、1,300年の歴史を持つ武雄温泉、樹齢3,000年の大楠がある武雄神社、話題の武雄市図書館などが徒歩・車ですぐの距離にあります。

基本情報

名称 如蘭塾塾舎及び寄宿舎(じょらんじゅくじゅくしゃおよびきしゅくしゃ)
文化財種別 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成11年(1999年)8月23日
設計 遠藤新(えんどう あらた)— フランク・ロイド・ライトの高弟
竣工 昭和17年(1942年)8月
構造 木造平屋建一部二階建、瓦葺、建築面積約489㎡
所在地 〒843-0022 佐賀県武雄市武雄町大字武雄4322
所有者 一般財団法人 清香奨学会
見学 事前予約制(電話:0954-22-2256、受付 9:00〜17:00、土日祝休み)
アクセス JR佐世保線 武雄温泉駅から車で約5分

参考文献

如蘭塾塾舎及び寄宿舎 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192309
武雄市の文化財 — 如蘭塾塾舎及び寄宿舎
https://www.city.takeo.lg.jp/kyouiku/bunkazai/pages/bunkazai/bunkazai-201.htm
如蘭塾 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%82%E8%98%AD%E5%A1%BE
如蘭塾 — 一般財団法人 清香奨学会
https://seikoushougakukai.or.jp/business/viewing/
ふるさとの先人たち 野中忠太 — 武雄市
https://www.city.takeo.lg.jp/rekisi/jinbutu/text/nonaka.html
遠藤新 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E8%97%A4%E6%96%B0
武雄市の文化財 — 如蘭塾迎賓館
https://www.city.takeo.lg.jp/kyouiku/bunkazai/pages/bunkazai/bunkazai-202.htm

最終更新日: 2026.03.26