如蘭塾塾舎及び寄宿舎とは

如蘭塾塾舎及び寄宿舎は、佐賀県武雄市武雄町大字武雄の如蘭塾に建つ昭和18年(1943年)頃の木造の塾舎と寄宿舎で、平成11年(1999年)8月23日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「じょらんじゅくじゅくしゃおよびきしゅくしゃ」。

文化庁の記録では、木造平屋建一部2階建、瓦葺、建築面積489平方メートル。登録番号は41-0012、所有者は財団法人清香奨学会(現在は一般財団法人)である。武雄市は、遠藤新が昭和16年(1941年)に設計し、昭和17年(1942年)8月に完成したとしている。

登録有形文化財としての価値

如蘭塾塾舎及び寄宿舎は「造形の規範となっているもの」として登録された。文化庁の解説は、中国の女子留学生のために野中忠太が開いた如蘭塾の主要な施設であり、設計は当時満州で活躍していた遠藤新といわれ、凝灰岩を用いた玄関の親柱がライト風の独特の構えになると評価している。

武雄市も、著名な建築家が関わった建物として貴重だとしている。

見どころ

平面はL字形で、教室などからなる塾舎が南を向いて東西に延び、その東端から寄宿舎が北へ直角に延びる(文化庁・武雄市)。

2つの棟が出会う角には、凝灰岩を積んだ柱が2本立ち、壁のない吹き放ちのエントランスになっている。武雄市はこの石を大谷石と紹介し、ライト風の柱と説明している。建物のなかでライトの影響がもっともよく表れた部分である。

塾舎は事務室と教室が一列に並ぶのが主要部で、廊下などは後の増築である。寄宿舎はエントランスに面して玄関を開き、奥に2階建の板敷の広い部屋がある。北側の多くは増築部分である(武雄市)。

見学について

清香奨学会によれば、平成元年(1989年)の修復以降、寄宿舎での生活の様子を見学できるようになっており、塾生が着た夏服・冬服の制服が復元して展示されている。

見学には清香奨学会(電話0954-22-2256、平日の午前9時から午後5時)への事前連絡が必要である。塾の成り立ちと交通は、グループページ「如蘭塾」にまとめている。

Q&A

Q如蘭塾塾舎及び寄宿舎はいつ建てられましたか?
A文化庁の記録では昭和18年(1943年)頃です。武雄市は昭和16年(1941年)に設計され、昭和17年(1942年)8月に完成したとしています。
Q如蘭塾塾舎及び寄宿舎を設計したのは誰ですか?
Aフランク・ロイド・ライトの弟子、遠藤新といわれています(文化庁・武雄市)。
Q如蘭塾塾舎及び寄宿舎はどんな形をしていますか?
A塾舎と寄宿舎がL字形につながり、その角に凝灰岩の柱2本が立つ吹き放ちのエントランスがあります(武雄市)。
Q如蘭塾塾舎及び寄宿舎は見学できますか?
A清香奨学会(0954-22-2256)に事前に連絡すれば見学できます。寄宿舎には塾生の制服の復元が展示されています。
Q如蘭塾塾舎及び寄宿舎が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成11年(1999年)8月23日です。同じ日に如蘭塾迎賓館も登録されました。

基本情報

名称如蘭塾塾舎及び寄宿舎(じょらんじゅくじゅくしゃおよびきしゅくしゃ)
所在地佐賀県武雄市武雄町大字武雄4322
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成11年(1999年)8月23日登録
員数1棟
寸法木造平屋建一部2階建、瓦葺、建築面積489平方メートル
所有者財団法人清香奨学会(現在は一般財団法人)
公開状況事前連絡で見学可(清香奨学会)

参考文献

如蘭塾塾舎及び寄宿舎(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001309
武雄市の文化財-如蘭塾塾舎及び寄宿舎(武雄市)
https://www.city.takeo.lg.jp/kyouiku/bunkazai/pages/bunkazai/bunkazai-201.htm
ふるさとの先人たち 遠藤新(武雄市図書館・歴史資料館)
https://www.city.takeo.lg.jp/rekisi/jinbutu/text/endou.html
如蘭塾(一般財団法人清香奨学会)
https://seikoushougakukai.or.jp/business/viewing/

最終更新日: 2026.10.14