川に背を向けていた蔵

杉光陶器店一の蔵(すぎみつとうきてんいちのくら)は、佐賀県嬉野市塩田町大字馬場下甲728にある江戸時代末期の土蔵で、平成10年(1998年)9月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は41-0006、告示は同年9月25日である。

建つ位置は主屋の後方。敷地の南側を通る路地に沿って棟を並べる。屋根は切妻造、瓦葺。躯体は土蔵造で、切石積の土台の上に据えられ、外壁には縦板が貼られている。文化庁のデータベースは建築面積を89平方メートルと記録する。

なお同データベースでは、解説文が二階建の土蔵と述べる一方、構造及び形式等の欄には木造平屋建と記載されている。両者の食い違いは国の記録上そのまま残されている。

階数の議論よりも重要なのは、この蔵の背面がかつて何に向いていたかである。敷地の背後は塩田川に直接面していた。舟運が盛んであった時代には、河川から物資の出入りが行われたと伝わる。

景観に寄与するという評価

登録有形文化財の制度では、三つの登録基準のいずれかが適用される。一の蔵に適用されたのは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であった。同じ敷地の蔵三棟はいずれもこの基準による登録で、主屋のみが「再現することが容易でないもの」として扱われている。

杉光陶器店の敷地には、登録番号を持つ建物が四棟ある。主屋が41-0005、一の蔵が41-0006、二の蔵が41-0007、三の蔵が41-0008。いずれも平成10年9月にそろって登録された。景観という基準の意味は、この四棟をひとまとまりとして読むところにある。蔵が一棟だけ残っても伝わるものは限られる。路地に沿って棟が連なり、背後に川、前面に街道という配置が保たれてはじめて、川港の商家がどう機能していたかが立ち上がってくる。

切石積の土台にも目を向けたい。塩田には石工の伝統が深く根を張っている。豊臣秀吉による名護屋城築城に関わった穴太衆がこの地に移り住み、石工の技を伝えたと地元では語り継がれている。川沿いの石垣列や町角の恵比寿像も同じ系譜に連なる。土蔵の下に切石を積むのは装飾ではない。土壁を滞水から離すための判断であり、幾度も水に浸かってきた町では構造上の必然に近い。

塩田津の町並みは平成17年(2005年)に重要伝統的建造物群保存地区に選定され、翌年から保存・修理事業が進められている。

裏路地から見る

塩田津を訪れる人の多くは旧長崎街道の側から入り、白漆喰の正面を写真に収める。裏手の路地はまた別の顔をしている。一の蔵はその路地に面して建つ。

塩田川は感潮河川である。有明海の干満差は日本でも屈指の大きさで、舟はその潮位の上昇を利用して川を遡った。天草で採れた陶石はこの経路で運び込まれ、町の水車が砕いて吉田焼や志田焼の陶土とした。焼き上がった器は同じ水路を下っていく。一の蔵はその循環のなかで在庫を抱える場所だった。

路地に立つと、縦板貼りの外壁が、敷地の他所に見える白漆喰と対照をなしていることに気づく。これは様式の不統一ではない。板は風雨に向け、漆喰は街道に向ける。日本の土蔵はその使い分けを一貫して守ってきた。杉光陶器店の敷地では、その原則が一目で確かめられる。

一の蔵そのものは展示施設として公開されているわけではなく、外観の見学にとどめたい。敷地前面の主屋は陶磁器店とカフェとして営業しており、営業時間中は内部に入れるので、あわせて訪ねる形になる。公道からの外観撮影に制限はないが、私有地の内側にレンズを向ける前には店に一声かけるのが望ましい。

交通はJR肥前鹿島駅から祐徳バス嬉野線で十分ほど。西九州新幹線の嬉野温泉駅からは道路距離で約10キロメートルである。NPO法人塩田津町並み保存会が予約制のボランティアガイドを設けており、蔵から徒歩数分の荷揚げ場跡や検量所跡まで案内してもらえる。

Q&A

Q杉光陶器店一の蔵の内部は見学できますか。
A内部公開は行われていません。路地からの外観見学となります。同じ敷地の主屋は陶磁器店とカフェとして営業しており、営業時間中は一階に入ることができます。
Q杉光陶器店一の蔵はどこにありますか。
A佐賀県嬉野市塩田町大字馬場下甲728、主屋の後方で敷地南側の路地に沿って建ちます。塩田津重要伝統的建造物群保存地区の区域内です。
Q杉光陶器店一の蔵はなぜ文化財に登録されたのですか。
A平成10年(1998年)9月2日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という登録基準により登録されました。登録番号は41-0006です。単体の意匠よりも、川港の商家敷地の構成を伝える点に価値があります。
Q杉光陶器店一の蔵は何に使われていた蔵ですか。
A陶磁器商としての在庫を収める蔵でした。敷地の背後はかつて塩田川に直接面しており、舟運が盛んだった頃には河川側から物資の出し入れが行われたと伝わります。
Q杉光陶器店で登録有形文化財になっている建物は何棟ありますか。
A四棟です。主屋(41-0005)、一の蔵(41-0006)、二の蔵(41-0007)、三の蔵(41-0008)が、いずれも平成10年9月に登録されています。

基本情報

名称杉光陶器店一の蔵(すぎみつとうきてんいちのくら)
所在地佐賀県嬉野市塩田町大字馬場下甲728
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 41-0006
指定年登録 平成10年(1998年)9月2日/告示 同年9月25日
員数1棟
寸法瓦葺、建築面積89平方メートル。国のデータベースは構造欄に木造平屋建と記す一方、解説文では二階建の土蔵とする。
所有者個人(国のデータベースに所有者名の記載なし)
公開状況内部非公開。路地からの外観見学のみ。塩田津重要伝統的建造物群保存地区内。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 杉光陶器店一の蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000714
文化庁 国指定文化財等データベース 杉光陶器店主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000713
全国伝統的建造物群保存地区協議会 嬉野市塩田津
https://www.denken.gr.jp/archive/ureshino-siotatsu/index.html
観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース 塩田津の歴史・伝統的建造物
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R2-01981.html
佐賀県観光サイト あそぼーさが 塩田津
https://www.asobo-saga.jp/spots/detail/16df1fed-fb97-4ad2-a289-97c186ed53b6

最終更新日: 2026.08.05