敷地前面に並ぶ四棟の鋸屋根
旧森龍織物工場は、埼玉県川口市大字安行領根岸にある大正9年(1920年)建築の木造織物工場で、平成31年(2019年)3月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
建物は敷地の前方、道路寄りに置かれる。木造平屋建の四棟が東西を棟方向として横に連なり、それぞれが短い急勾配面と長い緩勾配面を組み合わせた鋸屋根をなす。建築面積は310平方メートル。屋根については、文化庁の国指定文化財等データベースが「金属板葺」と記載する一方、同じレコードに付された解説文は「鉄板葺」としており、記載に幅がある。
四棟の用途は南北で分かれていた。南端の一棟が倉庫、その北側三棟が織機場である。出入口は中央二棟の西面に開き、道路側から入った者はまず織機の並ぶ空間に立つことになる。倉庫を経由させない動線で、日々の作業を優先した配置と読める。
内部の見どころは小屋組にある。棟通りには三間(約5.5メートル)ごとに柱が立ち、その上でトラスが屋根を支える。軸部は在来の木造、小屋は洋式のトラス。大正期の中小工場が繰り返し到達したこの折衷は、現存例が多くない。
鋸屋根が採られた理由は意匠ではない。急勾配側に窓を設け、多くは北へ向けることで、直射を避けた安定した光を作業面に落とす。糸色の判別も、織傷の発見も、この光に依存した。電力が高価だった時代、屋根そのものが照明装置だった。
鋳物の街のもうひとつの地場産業
川口といえば鋳物である。江戸期以来の鋳物師の集積は、荒川と芝川の舟運に支えられて江戸向けの鍋釜を供給し、明治末には工場数が150軒ほどに達した。ただし近代川口の産業を鋳物だけで語ると、もう一本の柱が抜け落ちる。川口商工会議所は織物業を鋳物業に次ぐ地場産業と位置づけている。
起点は市域の外にあった。文政8年(1825年)、足立郡塚越村(現在の蕨市)の高橋新五郎が織機に改良を加え、精巧な青縞を織り出す。技術は横曽根、芝、前川へと広がり、明治初期には専業の機屋が現れた。とりわけ神根、芝、青木の三地区で機業が盛んになる。森龍の敷地がある安行領根岸は、明治22年(1889年)の町村制施行から昭和15年(1940年)の川口市編入まで、その神根村の大字であった。
最盛期は昭和5年から10年頃。市内の織物工場は100軒を超え、従業員は2700人以上を数えた。中心は機織女工である。昭和15年に綿織物が統制下に入り、昭和18年の企業整備令が追い打ちをかけ、終戦時には20軒足らずが残るのみとなった。戦後に一度は活況を取り戻すものの、昭和46年の日米繊維問題とドルショックが決定打となる。市内に機業の面影を探すのは、今では容易ではない。
この工場が登録された背景には、そうした消失の速さがある。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は11-186、第92回登録にあたる。
登録と指定は別の制度である
登録有形文化財と重要文化財・国宝は、しばしば混同される。後者は「指定」であり、傑出した価値をもつものを選び、現状変更に強い法的規制をかける。前者は平成8年(1996年)に創設された「登録」の制度で、築おおむね50年以上を経てなお日常的に使われている建物を幅広く対象とし、多くの変更は許可ではなく届出で足りる。現に使い続けられている工場や住宅を、使いながら残すための緩やかな枠組みと理解するのが正確である。
非公開の建物とどう向き合うか
旧森龍織物工場は個人の所有であり、一般公開されていない。拝観口も公開日も設定されておらず、内部見学はできない。川口市が公表する文化財一覧でも、所有者は個人と記載されている。現地を訪ねる場合は公道からの外観確認にとどめ、敷地に立ち入らず、私生活の領域へカメラを向けないという前提を守りたい。
所在地は安行領根岸の西寄り、芝川に近い一帯である。地区内に鉄道駅はなく、最寄りは埼玉高速鉄道線の新井宿駅。直線距離で東におよそ2キロ、徒歩なら30分前後を見込む必要がある。
建物そのものより産業の中身を知りたいのであれば、川口市立文化財センター「郷土資料館」(川口市鳩ヶ谷本町2丁目1番22号)のほうが得るものは多い。同じ埼玉高速鉄道線の鳩ヶ谷駅から徒歩圏で、2階の展示に市域の歴史と地場産業が並び、織物や和竿も扱われる。開館は9時30分から16時30分、休館は月曜日(祝日の場合は直後の平日)と年末年始。
なお、市内唯一の重要文化財建造物である旧田中家住宅は、令和7年(2025年)1月から耐震改修工事のため休館している。再開時期は公表されていないため、行程に組み込む前に文化財センターの案内で状況を確かめておきたい。
Q&A
- 旧森龍織物工場は見学できますか。内部に入れますか。
- 旧森龍織物工場は個人所有の非公開物件で、内部見学はできません。公開日や拝観時間の設定もありません。外観を公道から確認することは可能ですが、敷地への立ち入りや私有部分の撮影は控えてください。
- 旧森龍織物工場の鋸屋根には、どのような役目があるのですか。
- 鋸屋根は短い急勾配面と長い緩勾配面を交互に繰り返す形式です。急勾配側に窓を設けて多くは北面させ、直射日光を避けた安定した採光を得ます。糸色の判別や織傷の発見に有利で、旧森龍織物工場では東西棟の4棟にこの断面が連なっています。
- 旧森龍織物工場はいつ登録され、登録有形文化財とは何が違うのですか。
- 平成31年(2019年)3月29日に登録番号11-186として登録されました。登録有形文化財は重要文化財や国宝の「指定」とは別の制度で、築おおむね50年以上の現役の建物を対象とし、現状変更の多くが許可ではなく届出で済む緩やかな枠組みです。
- 旧森龍織物工場の規模と使われ方を教えてください。
- 木造平屋建、金属板葺、建築面積310平方メートル、大正9年(1920年)の建築です。東西棟4棟のうち南端1棟が倉庫、北側3棟が工場にあてられ、中央2棟の西面に出入口が設けられていました。
- 旧森龍織物工場が非公開なら、川口の織物業はどこで学べますか。
- 川口市立文化財センター「郷土資料館」(鳩ヶ谷本町2丁目1番22号)で、市域の歴史と織物を含む地場産業の資料を見ることができます。開館は9時30分から16時30分、月曜日と年末年始が休館です。旧田中家住宅は令和7年(2025年)1月から耐震改修工事で休館中です。
基本情報
| 名称 | 旧森龍織物工場(きゅうもりりゅうおりものこうじょう) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県川口市大字安行領根岸字台2219 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 11-186 |
| 指定年 | 平成31年(2019年)3月29日登録(第92回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、金属板葺、建築面積310平方メートル/大正9年(1920年)建築 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(内部見学不可。外観は公道からのみ) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「旧森龍織物工場」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012700
- 国指定文化財等データベース「旧森龍織物主屋」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012699
- 文化遺産オンライン「旧森龍織物工場」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/446523
- 川口商工会議所「川口のものづくりについて」(織物工業)
- https://www.kawaguchicci.or.jp/brand/mono/index.html
- 川口市「川口市の概要・歴史」
- https://www.city.kawaguchi.lg.jp/soshiki/01010/020/6/2570.html
- 川口市立文化財センター「郷土資料館」
- https://www.kawaguchi-bunkazai.jp/kyoudo/
- 川口市「川口の文化財」
- https://www.city.kawaguchi.lg.jp/sports_bunka/bunkazai_1/11182.html
最終更新日: 2026.08.10