はじめに
埼玉県蕨市の住宅街に佇む「わらび幼稚園円形園舎」は、1963年(昭和38年)に竣工した鉄筋コンクリート造2階建ての円形建築です。設計を手がけたのは、生涯を通じて円形建築の可能性を追求し続けた建築家・坂本鹿名夫(1911〜1987年)。この建物は竣工から60年以上を経た現在も、約140名の園児が通う現役の幼稚園舎として使用されており、子どもたちの笑い声が響く生きた建築遺産です。
2024年(令和6年)12月、わらび幼稚園円形園舎は国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。蕨市の建造物としては初の登録有形文化財であり、市の建築史に新たな1ページを刻む出来事となりました。
歴史的背景
わらび幼稚園の創立は1948年(昭和23年)、まだ蕨が「蕨町」であった時代に遡ります。当初は長泉院の境内に開設され、地域の幼児教育を担ってきました。1962年(昭和37年)に現在の南町の敷地へ移転し、翌1963年に坂本鹿名夫の設計による円形園舎が完成しました。
設計者の坂本鹿名夫は、1911年に東京で生まれました。父は鹿児島県知事や名古屋市長を歴任した阪本釤之助であり、その赴任先の頭文字をとって「鹿名夫」と名付けられました。従兄に文豪・永井荷風、異母兄に作家・高見順という文化的な家系に生まれた坂本は、東京工業大学建築学科に進学。卒業研究でも円形の飛行場を設計するなど、学生時代から円形建築への関心を示していました。
1937年に大倉土木(現・大成建設)に入社し、戦後に復職した後、1954年に独立して建築綜合計画研究所を設立。以降、全国で100棟以上の円形建築を手がけ、学校、病院、庁舎など多様な用途の建物にその円形建築の理念を展開しました。2018年(平成30年)にはわらび幼稚園が創立70周年を迎え、長きにわたる幼児教育の歴史を祝いました。
文化財指定の理由
わらび幼稚園円形園舎は、2024年(令和6年)7月19日に文化審議会が文部科学大臣に答申し、同年12月3日に登録有形文化財(建造物)として官報告示されました。文化財保護法に基づく登録制度では、建築後50年を経過した建造物のうち、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」などの基準を満たすものが対象となります。
本建物が評価された主な点は、狭隘な都市部の敷地において円形平面を採用することで、効率的な空間配置と十分な採光を両立させた設計の巧みさにあります。中央の遊戯室を囲むように扇形の保育室を配置し、2階を1階より一回り小さくして外周に屋上テラスを設けるという構成は、限られた敷地条件のもとで最大限の教育環境を実現した、坂本鹿名夫ならではの建築的解決策として高く評価されました。
この登録により、蕨市では初の国登録有形文化財(建造物)が誕生し、埼玉県内の登録有形文化財(建造物)は214件となりました。
建築的特徴と見どころ
わらび幼稚園円形園舎は、鉄筋コンクリート造2階建て、建築面積398平方メートルの円形平面の建物です。北側に玄関を設け、1階の中央部には大きな遊戯室が配置されています。この中央遊戯室を取り囲むように、扇形に区切られた複数の保育室が放射状に並び、まるでケーキを切り分けたような独特の平面構成をしています。
各保育室は円形の外壁に沿って窓が設けられているため、時間帯を問わず自然光が室内に届く設計になっています。これは、限られた敷地に建つ園舎でありながら、子どもたちの健やかな成長に欠かせない明るい保育環境を確保するための工夫です。
2階は1階より一回り小さく設計されており、その段差によって生まれた外周部分が屋上テラスとして活用されています。密集した住宅地にありながら、子どもたちが空を仰ぎながら遊べる開放的な屋外空間が確保されている点は、この建物の大きな魅力の一つです。
坂本鹿名夫が全国に手がけた円形建築の多くは、その後の建て替えや取り壊しにより姿を消しており、現存する作品は年々希少になっています。わらび幼稚園円形園舎は、現役の教育施設として使い続けられている貴重な事例であり、坂本の建築思想を今日に伝える生きた証人といえるでしょう。
来訪者情報
わらび幼稚園円形園舎は現役の幼稚園施設であるため、内部の一般公開は行われていません。建物の外観は周辺の道路から見ることができますので、建築に関心をお持ちの方は外観をご鑑賞ください。園の運営や園児のプライバシーへのご配慮をお願いいたします。
最寄り駅はJR京浜東北線の西川口駅で、西口から徒歩約11分です。東京駅からは京浜東北線で約30分と、都心からのアクセスも便利です。蕨市は日本一面積の小さな市として知られており、市内の文化財や観光スポットを徒歩で巡ることができるコンパクトな街です。
周辺の見どころ
蕨市は江戸時代に中山道第二の宿場町として栄えた歴史ある街であり、園舎周辺にも多くの文化的スポットがあります。
三学院 — 正式名称は金亀山極楽寺三学院。新義真言宗智山派の寺院で、1591年(天正19年)に徳川家康より朱印状を授与されて以来、歴代の徳川将軍から保護を受けてきました。壮大な本堂、三重塔、阿弥陀堂など見応えのある伽藍が広がり、境内には六地蔵や目疾地蔵などの文化財も点在しています。
蕨城址公園 — 南北朝時代に渋川氏によって築かれた蕨城の跡地を整備した公園です。園内には「成年式発祥の地記念像」があり、1946年に蕨で日本初の成人式(成年式)が行われたことを記念しています。隣接する和楽備神社と合わせて散策が楽しめます。
蕨市立歴史民俗資料館 — 中山道の宿場町としての蕨の歴史を紹介する資料館で、入館料は無料。蕨宿本陣の内部再現や、機織り道具の展示などを通して、往時の賑わいを知ることができます。隣接する蕨本陣跡も蕨市の指定文化財です。
和楽備神社 — 蕨城址公園の北側に隣接する神社。明治時代に蕨町内の村社8社を合祀して創建されました。境内は緑豊かで、静かなひとときを過ごすことができます。
河鍋暁斎記念美術館 — 幕末から明治にかけて活躍した画家・河鍋暁斎(1831〜1889年)の作品を収蔵・展示する小さな美術館。大胆かつユーモラスな画風で知られる暁斎の作品を間近に鑑賞できます。
Q&A
- わらび幼稚園円形園舎の内部を見学できますか?
- わらび幼稚園は約140名の園児が通う現役の幼稚園であるため、内部の一般公開は行われていません。建物の外観は周辺の道路から眺めることができます。見学の際は、園の運営や園児のプライバシーへのご配慮をお願いいたします。
- 設計者の坂本鹿名夫とはどのような建築家ですか?
- 坂本鹿名夫(1911〜1987年)は、円形建築を生涯のテーマとした日本の建築家です。東京工業大学建築学科を卒業後、大倉土木(現・大成建設)に入社。1954年に独立し、全国各地で学校、病院、庁舎など100棟以上の円形建築を設計しました。円形建築の経済性や合理性を主張し、独自の建築理念を確立した人物です。
- アクセス方法を教えてください。
- JR京浜東北線の西川口駅西口から徒歩約11分です。東京駅からは京浜東北線の直通で約30分で西川口駅に到着します。駅周辺にはコインパーキングもありますが、住宅街の中にあるため公共交通機関のご利用をおすすめします。
- 登録有形文化財とは何ですか?
- 文化財保護法に基づき、建築後50年を経過した建造物のうち、国土の歴史的景観に寄与しているものなどの基準を満たすものが登録される制度です。指定文化財と比べて所有者への規制が緩やかで、建物を活用しながら保存を図ることを目的としています。
- 坂本鹿名夫の他の円形建築を見学できる場所はありますか?
- 鳥取県倉吉市の旧明倫小学校円形校舎は「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」として一般公開されており、見学が可能です。また、富山県朝日町の旧朝日小学校も登録有形文化財に登録されています。ただし、坂本が手がけた多くの円形建築は取り壊されており、現存する建物は年々希少になっています。
基本情報
| 名称 | わらび幼稚園円形園舎(わらびようちえんえんけいえんしゃ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2024年(令和6年)12月3日 |
| 竣工年 | 1963年(昭和38年) |
| 設計 | 坂本鹿名夫(さかもと かなお) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造2階建、建築面積398㎡ |
| 所有者 | 学校法人わらび学園 |
| 所在地 | 埼玉県蕨市南町二丁目12-5 |
| アクセス | JR京浜東北線 西川口駅西口より徒歩約11分 |
参考文献
- わらび幼稚園円形園舎 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/576185
- 国登録有形文化財(建造物)の新規登録について - 埼玉県
- https://www.pref.saitama.lg.jp/f2216/news/page/news2024071901.html
- 坂本鹿名夫 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E9%B9%BF%E5%90%8D%E5%A4%AB
- わらび幼稚園 - 蕨市公式ウェブサイト
- https://www.warabiyouchien.ed.jp/index.html
- 蕨市の「わらび幼稚園円形園舎」など 国登録有形文化財へ - Yahoo!ニュース(テレ玉)
- https://news.yahoo.co.jp/articles/f34a99d1eb9736c034dede1226b3e049514a08e2
- わらび幼稚園創立60周年 - 蕨市長 頼高英雄の活動日誌
- http://yoritaka.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-d488.html
最終更新日: 2026.04.13