油日神社本殿とは

油日神社本殿は、滋賀県甲賀市甲賀町油日にある室町時代後期の本殿で、明応2年(1493年)に建てられ、明治34年(1901年)に国の重要文化財に指定された(文化庁)。

形式は三間社流造、正面に1間の向拝を付け、屋根は檜皮葺とする(文化庁)。油日神社によれば明応2年に上棟し、棟梁は甲良氏の藤原宗弘であった。文化庁は棟札を附として本殿とあわせて指定している。

甲賀武士の寄進で建った本殿

油日神社本殿の造営には、地域の武士たちが費用を出し合った。明応4年(1495年)の「油日御造宮御奉加之人数」はその寄進を記したもので、杣谷を中心に190にのぼる武士や寺庵の名が並ぶ(油日神社)。

神社の由緒によれば、明応の棟札をはじめ古い記録や器物には、いずれも「正一位油日大神」と記されている。中世のこの神社の格式の高さを示すものとして伝えられてきた。

重要文化財としての価値

油日神社本殿は境内でもっとも古い社殿で、指定も最も早い。重要文化財としての指定日は明治34年(1901年)3月27日、指定番号は00176で、楼門及び廻廊より5年先に指定された(文化庁)。

上棟の年、棟梁の名、そして造営を支えた人々の名簿の三つがそろって残る点に、この本殿の価値がある。15世紀末の農村の武士社会が、どのように自分たちの社殿を建てたかを具体的にたどれる。

昭和37年(1962年)には、滋賀県教育委員会が本殿を含む社殿の修理工事報告書を刊行している(全国文化財総覧)。

見どころ

流造は、前側の屋根を後ろ側より長く延ばし、そのまま向拝の上まで葺き下ろす形式である。油日神社本殿は拝殿の奥に建つので、真正面よりも斜めの位置から眺めると、前へ長く流れる屋根の線がよくわかる。

格子の塀と唐破風の門の奥に、檜皮葺の大きな屋根と社叢の巨木が見える
塀の奥にのぞく本殿の檜皮葺の屋根Cakoko23 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

軒先にも目を向けたい。檜皮を薄く重ねて葺いた屋根は、瓦とは違うやわらかく厚みのある縁をつくる。

本殿の背後には社叢が迫り、樹齢750年を超えるとされるコウヤマキが神木として立つ(油日神社)。

見学について

油日神社本殿は境内の北端、拝殿の奥にある。内部公開についての案内は公式サイトになく、見学は外観に限られる。

平素は写真撮影ができるが、ロケの日は境内での撮影が基本的にできない。境内への行き方と参拝の条件は油日神社のページにまとめてある。

Q&A

Q油日神社本殿はいつ建てられましたか?
A明応2年(1493年)に上棟しました(文化庁、油日神社)。
Q油日神社本殿はどんな建築様式ですか?
A三間社流造で、正面に1間の向拝を付け、屋根は檜皮葺です(文化庁)。
Q油日神社本殿は誰が建てたのですか?
A神社によれば棟梁は甲良氏の藤原宗弘です。明応4年(1495年)の記録には、造営のために寄進した武士や寺庵が190にのぼることが記されています。
Q油日神社本殿の内部は見学できますか?
A内部公開の案内はなく、境内から外観を見る形になります。
Q油日神社本殿が重要文化財に指定されたのはいつですか?
A明治34年(1901年)3月27日です(文化庁)。

基本情報

名称油日神社本殿(あぶらひじんじゃほんでん)
所在地滋賀県甲賀市甲賀町油日1042
指定区分重要文化財(建造物)
指定年明治34年(1901年)3月27日指定
員数1棟
寸法三間社流造、向拝1間、檜皮葺(寸法の公表値なし)
所有者油日神社
公開状況境内は平素参拝・撮影自由(ロケの日は制限あり、公式サイト)。内部公開の案内なし

参考文献

油日神社本殿(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1465
油日神社本殿(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/122274
油日神社公式ホームページ(由来)
https://aburahijinjya.jp/
油日神社の由緒(油日神社公式ホームページ)
https://aburahijinjya.jp/yuisyo.html
油日神社の境内探索(油日神社公式ホームページ)
https://aburahijinjya.jp/keidai.html
重要文化財油日神社本殿・楼門及び廻廊・拝殿修理工事報告書(全国文化財総覧)
https://sitereports.nabunken.go.jp/135738

最終更新日: 2026.11.08