糀を寝かせるための蔵
福井三四郎家住宅室(むろ)は、滋賀県高島市勝野1320にある江戸時代19世紀前期の建物で、平成11年(1999年)8月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
文化庁のデータベースはこの建物を、糀をねかせるための恒温の蔵と説明する。糀(麹)はコウジカビを蒸した穀物に繁殖させたもので、澱粉を糖に、蛋白質をアミノ酸に分解する働きを担う。醤油も味噌も酒も酢も、その出発点にこれを置く。福井家はこの敷地で醤油を醸造しており、その最初の工程がここで行われていた。
製麹には数日にわたる一定の温度が要る。低すぎれば菌は伸びず、高くなりすぎれば死ぬか雑菌に負ける。温度計と暖房設備のない時代に、その条件を作ったのは壁の厚みだった。厚い土壁が、繁殖する菌自身の出す発酵熱を吸い、ゆるやかに室内へ戻す。土と木と瓦でできた、温度調節のための装置である。
登録の理由と構造
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号は25-0117。告示は平成11年9月7日で、第19回の登録にあたる。文化庁の分類では、この室は種別を「産業2次」とし、主屋と同じ扱いになっている。一方、同じ敷地の土蔵は「住宅」に分類される。台帳の上でも、生業の建物と暮らしの建物とが区別されていることになる。
構造は土蔵造の平屋建、屋根は瓦葺。規模は二間半四方で、建築面積は29平方メートル。一間をおよそ1.8メートルとすれば、蔵の身舎は四メートル余りの正方形にあたる。前面と北側面には吹き放しの作業場を設ける。壁を立てない半屋外の場で、蒸した穀物を広げ、切り返し、冷ますための空間である。
単なる作業小屋にとどまらないのは屋根による。棟には切妻造の換気口を載せる。製麹の過程で大量に生じる熱と水蒸気を抜くための開口である。そして前側の屋根は、吹き放しの作業場の上を長く流れ落ちる。結果として全体の輪郭は、神社本殿の流造に近い姿になる。信仰の形式をなぞったのではなく、用途から導かれた形が偶然そこに重なった。敷地のなかで、この小さな建物が視覚上のアクセントになっているのはそのためである。
訪ねるときに
建物があるのは「高島びれっじ」の敷地内である。平成7年(1995年)に旧高島町商工会の有志が始めた取り組みで、通りに面する主屋は2号館として食事処とパン店が入る。敷地内の蔵や納屋も順次改修され、現在は8号館まで整備されている。号館の番号は、施設として使い始めた順に付けられたものだという。
室の内部に入れるかどうかは、訪問時の利用状況次第である。びれっじの店舗か、近くの大溝陣屋総門(案内所)で確認するのが確実だろう。敷地内の散策は営業時間内であれば無料で、外観の撮影にも制限はない。
見るなら正面から、やや低い位置に立ちたい。長く流れ落ちる前面の屋根は、その角度でいちばんよく分かる。棟に載る小さな切妻の換気口と、壁で囲まれた身舎から吹き放しの作業場へ移り変わる境目も、併せて追ってみてほしい。
周辺には時間をかける価値がある。JR湖西線・近江高島駅から徒歩約5分。大溝城跡、町並みを走る水路、内湖の乙女ヶ池を含む一帯は、平成27年(2015年)1月に重要文化的景観「大溝の水辺景観」に選定された。復原された大溝陣屋総門は10時から17時の開館で、水曜が休館日である。
Q&A
- 福井三四郎家住宅室(むろ)とはどのような建物ですか。
- 糀をねかせるための恒温の蔵です。江戸時代19世紀前期の建築で、醤油醸造の最初の工程である製麹に用いられました。厚い土壁が数日にわたって室内の温度を一定に保ちます。
- 福井三四郎家住宅室が神社本殿のような外観をしているのはなぜですか。
- 前面と北側面に吹き放しの作業場を設け、その上を前側の屋根が長く流れ落ちるため、結果として流造の本殿に近い輪郭になります。信仰上の意匠を意図したものではなく、用途から生じた形です。
- 福井三四郎家住宅室の内部は見学できますか。
- 内部の公開は訪問時の利用状況によります。敷地は高島びれっじ事業協同組合が管理運営しており、営業時間内であれば敷地内の散策と外観の見学は無料です。内部を希望する場合はびれっじの店舗などでご確認ください。
- 福井三四郎家住宅室の規模を教えてください。
- 二間半四方、建築面積は29平方メートルです。土蔵造の平屋建で屋根は瓦葺。棟には熱と水蒸気を逃がすための切妻造の換気口が設けられています。
- 福井三四郎家住宅では他にどの建物が登録されていますか。
- 主屋(びれっじ2号館)と土蔵の二棟です。主屋は18世紀後期の町屋、土蔵は19世紀前期で家財を収めていました。室を含む三棟はいずれも平成11年(1999年)8月23日に同時に登録されています。
基本情報
| 名称 | 福井三四郎家住宅室 |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県高島市勝野1320 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 25-0117 |
| 指定年 | 登録 平成11年(1999年)8月23日/告示 同年9月7日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積29平方メートル。二間半四方 |
| 所有者 | 高島びれっじ事業協同組合 |
| 公開状況 | 営業時間内は敷地内から外観の見学可。内部は利用状況による |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「福井三四郎家住宅室」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001280
- びわ湖高島観光ガイド「高島びれっじ」
- https://takashima-kanko.jp/spot/2018/06/post_211.html
- びわ湖高島観光ガイド「重要文化的景観拠点施設『大溝陣屋総門』」
- https://takashima-kanko.jp/spot/2024/04/post_327.html
- 大溝の水辺景観まちづくり協議会「近江高島 大溝の水辺さんぽ」
- https://oomizo.shiga.jp/
最終更新日: 2026.08.04