金剛輪寺とは:湖東三山の一つ、天台宗の古刹

金剛輪寺(こんごうりんじ)は、滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺にある天台宗の寺院で、本堂が昭和27年(1952年)に国宝に指定され、三重塔と二天門が重要文化財、本坊明壽院の庭園が名勝に指定されている。

文化庁によると、金剛輪寺は行基(668年から749年)の開基で、円仁(794年から864年)によって密教となったと伝える。西明寺、百済寺とともに湖東三山と称され、いずれも似た伽藍配置をもつ。

金剛輪寺によると、鎌倉時代から室町時代にかけて隆盛し、最盛期には百以上の堂宇が建ち並んだ。戦国時代には織田信長の兵火に見舞われたが、当時の住職の機知により本堂や三重塔、二天門などの主要な建物は難を逃れた。

本堂・三重塔・二天門

文化庁によると、本堂は桁行七間、梁間七間の入母屋造で、組物は和様の出組とし、規模が大きく木割も太い。正面は7間とも蔀戸を用い、内部は密教本堂の通例により内陣と外陣に分ける。仏壇の金具の銘から弘安11年(1288年)の建立とされてきたが、様式手法からは室町時代前期まで下る可能性が高い。金剛輪寺は、元寇の戦勝記念として近江守護の佐々木頼綱が建立したとしている。

三重塔は、金剛輪寺によると「待龍塔」と呼ばれ、古文書に寛元4年(1246年)の記がある。文化庁は指定時に初重と二重の骨組しか残らない状態としていたが、金剛輪寺によると昭和53年(1978年)秋に復原修理が完成した。

二天門は、文化庁の記録では元は楼門の一階で、金剛輪寺によると室町時代中頃の建立で、当初は楼門だったが江戸時代中頃に2階部分を取り壊して一重にしたと伝えられる。

明壽院の庭園

本坊の明壽院の書院の東には、三つの池を流れで結ぶ池庭が広がる。文化庁は、江戸時代中期から末期にかけて作庭・改庭が重ねられたとみている。

金剛輪寺によると、明壽院の庭園は近江路随一ともいわれ、秋の紅葉は「血染めのもみじ」として知られる。庭園の詳しい解説は、明壽院庭園のページにまとめている。

金剛輪寺の拝観

拝観時間と入山料は、金剛輪寺の公式サイトで確かめたい。

金剛輪寺によると、車の場合は名神高速道路の湖東三山スマートインターチェンジから1、2分である。問い合わせは金剛輪寺(0749-37-3211)へ。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「金剛輪寺本堂」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1505
文化庁 国指定文化財等データベース「金剛輪寺三重塔」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1507
文化庁 国指定文化財等データベース「金剛輪寺二天門」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1506
文化庁 国指定文化財等データベース「金剛輪寺明壽院庭園」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1610
金剛輪寺「歴史」
https://kongourinji.jp/history
金剛輪寺「境内案内」
https://kongourinji.jp/precinct

最終更新日: 2026.09.29

基本情報

名称金剛輪寺
所在地滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺
所有者金剛輪寺
指定国宝 1件・重要文化財 2件・史跡名勝天然記念物 1件
座標35.16185, 136.28212