金剛輪寺本堂とは:規模が大きく木割の太い和様の密教本堂
金剛輪寺本堂(こんごうりんじほんどう)は、滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺の金剛輪寺にある中世の本堂で、昭和27年(1952年)11月22日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、檜皮葺で、仏壇上の厨子1基が附として指定されている。
文化庁によると、仏壇の金具の銘から弘安11年(1288年)の建立とされてきたが、様式手法からは室町時代前期まで下る可能性が高い。
金剛輪寺本堂の構造
文化庁の詳細解説によると、組物は和様の出組とし、規模が大きく木割も太い堂で、正面は7間とも蔀戸を用いている。
内部は密教本堂の通例により内陣と外陣に分けられ、ともに板敷である。外陣は虹梁を架けて天井を張るが、内陣は化粧屋根裏に造る。全体の様式はほぼ和様だが、内陣の一部には拳鼻が使われるなど禅宗様の手法が混じる。
金剛輪寺本堂の見どころ
金剛輪寺によると、元寇の戦勝記念として、近江守護の佐々木頼綱によって建立された。文化庁によると、内陣には銘のある仏壇があり、仏壇上の厨子は室町時代前期の作と考えられる。
金剛輪寺によると、戦国時代の織田信長の兵火の際にも、当時の住職の機知により難を逃れた。
金剛輪寺本堂の見学方法
拝観時間と入山料は、金剛輪寺の公式サイトで確かめたい。
境内のほかの建物や明壽院の庭園は、金剛輪寺のグループページにまとめている。
Q&A
- 金剛輪寺本堂はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和27年(1952年)11月22日に国宝に指定されました。
- 金剛輪寺本堂はいつ建てられたのですか?
- 仏壇の金具の銘から弘安11年(1288年)とされてきましたが、文化庁は様式から室町前期まで下る可能性が高いとしています。
- 金剛輪寺本堂を建てたのは誰ですか?
- 金剛輪寺によると、近江守護の佐々木頼綱が元寇の戦勝記念として建立しました。
- 金剛輪寺本堂の内部の構成は?
- 密教本堂の通例により内陣と外陣に分け、外陣は天井、内陣は化粧屋根裏です。
- 金剛輪寺本堂の附指定は?
- 仏壇上の厨子1基です。
基本情報
| 名称 | 金剛輪寺本堂(こんごうりんじほんどう) |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺 |
| 指定区分 | 国宝(建造物) |
| 指定年 | 昭和27年(1952年)11月22日指定 |
| 員数 | 1棟(附 厨子1基) |
| 寸法 | 桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、檜皮葺 |
| 所有者 | 金剛輪寺 |
| 公開状況 | 拝観時間・入山料は公式サイトに要確認 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「金剛輪寺本堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1505
- 金剛輪寺「歴史」
- https://kongourinji.jp/history
最終更新日: 2026.09.29