伏見城の御殿を移したと伝わる「桃山御殿」

西教寺客殿は、滋賀県大津市坂本本町の天台真盛宗総本山西教寺にある慶長2年(1597年)の書院造の建物で、明治35年(1902年)7月31日に指定され、現在は重要文化財である。

文化庁の記録では桁行27.1メートル、梁間15.3メートル、一重で、南面を入母屋造、北面を切妻造とし、屋根は柿葺。伽藍の西側に南北に長く建ち、北には大正期の書院が向き合う。

豊臣秀吉の居城だった伏見城の御殿を移したものと伝わり、「桃山御殿」とも呼ばれる。西教寺文化遺産ガイドによれば、秀吉の側近で寺の復興に力を尽くした山中長俊が、慶長3年(1598年)12月に伏見桃山城の建物を西教寺に移したという。文化庁の年代(1597年)と移築の年は1年ずれており、移築の経緯は伝承の域を出ない。

西教寺客殿が重要文化財に指定された理由

西教寺客殿は、明治35年(1902年)に古社寺保存法のもとで国の保護を受けた早い例の一つで、現在の文化財保護法では重要文化財として扱われている。文化遺産ガイドは、外観は簡素でありながら、書院を備えた客殿としては大規模な建物と評価している。

南側と東側には落縁と広縁を設け、東側の賢人の間は間口に桟唐戸を立てる。西側には茶室などを設け、茶室は床と棚を付けた書院造になっている。外から見ると板縁と杮葺の屋根が続く穏やかな姿だが、内部は格式ある書院の構えを整えている。

西教寺客殿の見どころ

外観では、こけら葺の屋根の軒線を見たい。薄い板を重ねて葺いた屋根は、瓦よりも軽やかな線を描く。南面の入母屋と北面の切妻で、建物の両端の表情が異なる点にも気づく。

びわ湖大津観光協会の案内は、内部の「秀吉公の玉座の間」や狩野派による襖絵を見どころとして紹介している。南の板塀に開く客殿通用門は、上座の間に面した広縁へ通じる門である。

西教寺客殿の見学

西教寺客殿の内部は通常は公開されていない。令和8年(2026年)には内部の特別公開が行われ、びわ湖大津観光協会の案内では、春の公開に続き、秋は11月7日から12月6日までの予定とされている(2026年10月確認)。期間や拝観料は変わることがあるので、訪れる前に西教寺の案内で確かめたい。境内の拝観時間と拝観料、行き方は西教寺のページにまとめてある。

Q&A

Q西教寺客殿はいつ建てられ、いつ指定されましたか?
A文化庁の記録では慶長2年(1597年)の建築で、明治35年(1902年)7月31日に指定され、現在は重要文化財です。
Q西教寺客殿が「桃山御殿」と呼ばれるのはなぜですか?
A豊臣秀吉の伏見城の御殿を移したものと伝わるためです。文化遺産ガイドは、山中長俊が慶長3年(1598年)12月に移したと記しています。
Q西教寺客殿の規模と屋根は?
A桁行27.1メートル、梁間15.3メートル、一重で、南面が入母屋造、北面が切妻造、屋根はこけら葺です。
Q西教寺客殿の内部は見学できますか?
A通常は非公開です。令和8年(2026年)は特別公開が行われ、秋は11月7日から12月6日までの予定と案内されています。
Q西教寺客殿の内部にはどんな部屋がありますか?
A南側と東側に落縁と広縁、東側に賢人の間、西側に床と棚を付けた書院造の茶室などがあります。

基本情報

名称西教寺客殿(さいきょうじきゃくでん)
所在地滋賀県大津市坂本本町
指定区分重要文化財(建造物)
指定年明治35年(1902年)指定
員数1棟
寸法桁行27.1m、梁間15.3m、一重、南面入母屋造・北面切妻造、こけら葺
所有者西教寺
公開状況通常非公開(令和8年に内部の特別公開あり)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)西教寺客殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1368
客殿(西教寺文化遺産ガイド)
https://saikyojiguide.jp/contents/content10/
豊臣秀吉像(西教寺文化遺産ガイド)
https://saikyojiguide.jp/contents/content27/
びわ湖大津トラベルガイド『客殿 内部初公開』/西教寺
https://otsu.or.jp/event/saikyoji-kyakuden2026

最終更新日: 2026.10.06