ヴォーリズ記念病院礼拝堂 ― 結核患者に寄り添った祈りの建築

滋賀県近江八幡市、ヴォーリズ記念病院の敷地北西の小高い丘に佇む白い礼拝堂。1937年(昭和12年)に建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により建てられたこの礼拝堂は、かつて近江サナトリウムと呼ばれた結核療養所の患者たちのために祈りの場として誕生しました。2009年(平成21年)に国の登録有形文化財に登録されたこの建物は、現在も毎週日曜日に礼拝が行われており、ヴォーリズの博愛精神を今に伝える生きた文化遺産です。

建築家ヴォーリズ ― 近江八幡を愛し、留まり続けた人

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964年)は、アメリカ合衆国カンザス州レブンワースに生まれ、1905年(明治38年)に滋賀県立商業学校(現・八幡商業高等学校)の英語教師として来日しました。キリスト教の伝道を志して渡日しましたが、その熱心な聖書研究会が地元の仏教関係者の反発を招き、わずか2年で教職を解かれます。

しかしヴォーリズは挫けることなく、アメリカで少し学んだ建築の道に転じ、1908年に建築設計監督事務所を開設しました。生涯を通じて全国で1,600件以上の建築設計を手がけ、大阪の大丸百貨店心斎橋店、関西学院大学キャンパス、山の上ホテルなど数々の名建築を残しています。同時に近江ミッション(のちの近江兄弟社)を設立してキリスト教伝道や社会事業に邁進し、メンソレータム(現メンターム)の輸入販売で得た利益の多くを医療・教育・福祉に充てました。

1918年(大正7年)、建築事務所で働いていた同僚が肺結核で亡くなったことをきっかけに、ヴォーリズは結核撲滅の志を抱きます。自ら募金活動を行い、設計も手がけて近江療養院(現・ヴォーリズ記念病院)を開院しました。1941年に日本国籍を取得し「一柳米来留(ひとつやなぎめれる)」と名乗り、1958年には近江八幡市名誉市民第1号に選ばれました。1964年、83歳で近江八幡の自邸にて生涯を閉じています。

礼拝堂の建築 ― 白壁とアーチが語る慈しみ

ヴォーリズ記念病院礼拝堂は、近江サナトリウムで療養中に亡くなった方々の霊を慰めるため、1937年に建てられました。敷地北西の小高い位置に南面して建ち、木々に囲まれた静謐な環境の中にあります。

木造平屋建、建築面積97平方メートル。切妻造妻入の桟瓦葺で、正面には石段、西方には渡廊下が付きます。

外観の特徴

礼拝堂の外観で最も印象的なのは、半円アーチを開けた白いモルタル壁です。周囲の木立の緑に映える白壁と優美なアーチは、ヴォーリズの教会建築に見られる特徴的なデザインです。西洋的な建築意匠と日本の瓦屋根という組み合わせは、ヴォーリズが常に心がけた「日本の気候風土や住習慣に適合させる工夫」を体現しています。

内部の見どころ

内部は単廊式(たんろうしき)の礼拝堂です。玄関ホールの北側に礼拝空間、東に牧師室、西に控室と便所を配した機能的な平面計画となっています。最大の見どころは、小屋組をそのまま現した天井の木組みです。ヴォーリズの教会建築に多く見られるトラス構造が露出しており、木材の一部にくびれのある繊細な意匠や装飾的な金物が施され、構造体そのものが礼拝堂の空間を荘厳に演出しています。素朴で落ち着いた色調のステンドグラスが、柔らかな光を堂内に注ぎ込みます。

登録有形文化財に登録された理由

ヴォーリズ記念病院礼拝堂は、2009年(平成21年)8月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その評価のポイントは複数あります。まず、ヴォーリズの教会建築の特質を示す作品として、半円アーチや単廊式の礼拝空間、小屋組を現す天井など、西洋の宗教建築の意匠を日本の木造建築技術と融合させた独自のデザインが高く評価されています。また、結核療養所という特殊な医療施設に付属する礼拝堂として、近代日本における医療と信仰の関わりを物語る貴重な歴史的建造物でもあります。白いモルタル壁と木立が織りなす景観もまた、この建物の文化的価値を高めています。

見どころと魅力

ヴォーリズ記念病院礼拝堂を訪れる際に注目していただきたいポイントをご紹介します。

  • 半円アーチの白い外壁:木々の緑に映える白いモルタル壁と優美なアーチは、近江八幡のヴォーリズ建築の中でも特に印象的な景観を生み出しています。
  • 露出した天井の木組み:病院敷地内の歴史的建造物3棟の中で、天井のトラス構造を見ることができるのは礼拝堂だけです。構造美と装飾美が一体となったヴォーリズならではの空間をご堪能ください。
  • 丘の上への石段:正面の石段を上って礼拝堂に至るアプローチは、日常から祈りの空間へと心が切り替わる巧みな動線設計です。
  • ツッカーハウス(旧本館):1918年にヴォーリズが設計した結核療養所の本館。ニュージャージー州の篤志家メアリー・ツッカーの母の名を冠し、登録有形文化財に登録されています。約10年にわたる市民主導の改修工事を経て見学可能となりました。
  • 五葉館:同じく1918年築の付属病棟。5つの病室が5方向に突き出した楓の葉のような平面形状が名前の由来で、日当たりと換気を最大限に考慮したヴォーリズの患者本位の設計思想が見て取れます。

周辺の観光情報

礼拝堂がある近江八幡市は、近江商人発祥の地として知られ、ヴォーリズ建築が数多く残る魅力的な観光地です。

八幡堀は、安土桃山時代に豊臣秀次が築いた城下町と琵琶湖を結ぶ歴史的な水路です。白壁の土蔵が立ち並ぶ堀沿いを和船で約30分かけて遊覧する「八幡堀めぐり」は近江八幡観光の定番です。春の桜、夏の柳、秋の紅葉、冬の雪景色と四季折々の風情を楽しめます。

水郷めぐりでは、琵琶湖の内湖である西の湖とヨシの群生地を巡る約60~80分のクルーズが楽しめます。時代劇のロケ地としても知られる自然豊かな景観が広がります。

建築ファンには、旧八幡郵便局池田町洋風住宅街ヴォーリズ記念館(旧自邸)、ハイド記念館(1931年築の登録有形文化財)など、市内に現存する20棟以上のヴォーリズ建築をめぐる散策がおすすめです。約2kmのウォーキングコースが整備されています。

グルメでは、日本三大和牛のひとつ近江牛を堪能できるレストランが市内各所にあります。また、近江兄弟社本社にあるメンターム資料館では、ヴォーリズの活動とメンタームの歴史を無料で見学できます。

Q&A

Qヴォーリズ記念病院礼拝堂は見学できますか?
A礼拝堂はツッカーハウス・五葉館とともに、冬季を除く期間にガイド付き見学会が開催されています。NPO法人「ヴォーリズ遺産を守る市民の会」が主催しており、事前予約が必要な場合があります。毎週日曜日には礼拝が行われている現役の宗教施設ですので、見学の際は敬意をもってお訪ねください。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR近江八幡駅北口から近江鉄道バス「長命寺」方面行きに乗車し、「ヴォーリズ記念病院前」バス停で下車(約10分)。バス停から病院敷地内を徒歩すぐです。お車の場合は名神高速道路竜王ICから約25分です。
Q見学料はかかりますか?
Aガイド付き見学ツアーの参加費は、3棟すべての見学を含めて6,000~6,500円程度です。最新の開催スケジュールや料金は、近江八幡観光物産協会またはヴォーリズ遺産を守る市民の会にお問い合わせください。
Q近くに他のヴォーリズ建築はありますか?
Aはい、近江八幡市内には20棟以上のヴォーリズ建築が現存しています。旧八幡郵便局、池田町洋風住宅街、アンドリュース記念館、ヴォーリズ記念館、ハイド記念館など、約2kmのウォーキングコースで多くの建物をめぐることができます。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A春(桜の季節)と秋(紅葉の季節)は、周囲の木々が礼拝堂の白い壁を美しく引き立て、特におすすめです。八幡堀めぐりや水郷めぐりもこの時期が格別の風情を楽しめます。冬季は見学会が休止となる場合がありますのでご注意ください。

基本情報

名称 ヴォーリズ記念病院礼拝堂
文化財区分 登録有形文化財(建造物)
登録日 2009年(平成21年)8月7日
設計 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(ヴォーリズ建築事務所)
竣工 1937年(昭和12年)
構造 木造平屋建、瓦葺、建築面積97㎡、石段及び渡廊下付
所有 公益財団法人近江兄弟社
所在地 〒523-0806 滋賀県近江八幡市北之庄町480-1
アクセス JR近江八幡駅北口より近江鉄道バス「長命寺」方面行き約10分、「ヴォーリズ記念病院前」下車。車:名神高速道路竜王ICから約25分。

参考文献

ヴォーリズ記念病院礼拝堂 ― 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/173052
ヴォーリズ記念病院 ― Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴォーリズ記念病院
"世界の中心"近江八幡を愛し、愛され続けたヴォーリズとその西洋建築を訪ねて ― しがトコ
https://shigatoco.com/toco/vories/
ヴォーリズの建築 ― 近江八幡観光物産協会
https://www.omi8.com/omihachiman/local-history/vories/buildings/
ヴォーリズ建築「ツッカーハウス見学会」参加レポート
https://hajimeruyamanobori.com/tookerhouse/
ヴォーリズ建築の3施設、見学好評 ― 中日新聞
https://www.chunichi.co.jp/article/788511
ヴォーリズ建築を訪ねて近江八幡へ
https://minkara.carview.co.jp/userid/2310317/blog/46988288/

最終更新日: 2026.03.26