ささや呉服店旧呉服蔵 ― 通りに顔を向けた蔵
商家の蔵は、たいてい隠れている。主屋の裏手、雨と人目の届かないところで、商品を湿らせず焼かずに保つという地味な仕事をする。さゝやの旧呉服蔵は、逆をやっている。主屋の南、玄関を挟んだ位置で、通りに向かって建っている。見られることを前提にした蔵である。
寸法は小さい。桁行5.9メートル、梁間3.9メートル、建築面積23平方メートル。土蔵造2階建、切妻造の桟瓦葺。棟が東西に走るので、通りには妻側が向く。
同じ敷地の4棟とともに、平成22年(2010年)9月10日に登録有形文化財となった。登録番号は32-0153。
家紋は、何をしていたのか
通り側の壁面を見上げると、窓の上、最上部に家紋が飾られている。
ここは少し立ち止まりたい。蔵は本来インフラである。そこに、道行く人が読める位置に紋を据えれば、それは看板に近いものへ変わる。さゝやは創業を安政元年(1854年)とし、以来この場所で呉服を商ってきた。この蔵に納められていたのは、隣で売っていた商品そのものである。通りに立つ客の視野には、店の表構えと、玄関と、反物を封じた箱とが一度に収まった。紋がその三つを一つに束ねていた。
紋の下、各階には瓦庇付の窓が開き、それぞれに銅製の開戸が吊られている。蔵の開口部に銅を使うのは、まず防火の理屈である。銅は燃えないし、薄く加工して塗り込めた壁の縁に密着させられる。同時に、白い漆喰を背景に、年を経て落ち着いた黒褐色に変わっていく。1854年の職人がそれを偶然と考えていたとは思えない。
海鼠壁 ― 膝の高さの格子
通り側の壁の腰は海鼠壁である。日本の民間建築のなかでも、とりわけ見分けのつきやすい仕上げだろう。平瓦を斜め格子に張り付け、瓦と瓦の目地に漆喰を詰めて、かまぼこ状に盛り上げる。盛り上がった目地の断面が海鼠に似ていることから、この名がついた。
海鼠壁は、たまたま機能的な装飾ではない。たまたま美しく見える機能である。瓦が壁の下部を跳ね返りの雨や飛石から守り、盛り上げた漆喰が目地の水を逃がす。この蔵では、海鼠壁は通り側にしか現れない。裏へ回れば、漆喰が地面まで無地で下りている。壁は、見られる面と、叩かれる面にだけ装われた。
それ以外の外壁は、白い漆喰仕上げである。
登録の理由
文化庁が挙げる登録基準は一つ、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。解説文は、その理由を一節で言い切っている。主屋と一体で、街路景観を構成する。
それが論拠のすべてで、しかも的確である。どちらか一方だけでは、この読み味にならない。主屋は横に長く、低く、平らに塗り込められ、両肩にウダツを立てている。隣に立つ蔵は間口が狭く、その幅に対して背が高く、瓦と庇と銅と紋で分節されている。二棟が並ぶことで、本町通りに一つのリズムが生まれる。
日本の登録有形文化財は、意図して軽く設計された制度である。平成8年(1996年)の文化財保護法改正で生まれ、おおむね築50年以上を経て歴史的景観に寄与する建物などを対象とする。所有者は修理も改修も日常の使用も続けられ、届出が必要なのは外観を大きく変える場合に限られる。少数の傑出した文化財を対象に強い規制をかける国宝・重要文化財の指定とは、そもそも性格が違う。現役の敷地に建つ現役の蔵には、軽い道具のほうが合う。
年代と、記録の空白
文化庁は年代を江戸末期とし、西暦では1830〜1867年の幅で示す。昭和40年(1965年)頃の改修も記録されている。建築年を特定する史料は確認できない。
この年代幅は、地元の歴史から見るとやや広すぎる。嘉永6年(1853年)、津和野の城下町は全域が大火に焼かれた。津和野町は、現在のまちなみがそれ以降の建物で占められると述べ、大火直後に残った建物の一つとしてささや呉服店を挙げている。さゝやの創業年1854年も同じ時期に落ちる。1853年より前にこの通りに建っていたものは、残っていないはずである。文化庁の幅は対立する説の存在ではなく、史料の不在を反映したもので、この蔵も大火後の復興のなかで建てられたと読むのが自然だろう。ただし確たる年は、どの資料も示していない。
名称の「旧」の一字も、静かに仕事をしている。呉服の在庫を納めていた蔵であり、現在はそうではない。今何が入っているかは記録されておらず、外から問うことでもない。
見るには
蔵は私有で、非公開である。内部の見学も、拝観券も、ガイドツアーもない。ここまで書いてきたものはすべて、公道から見える。それがこの建物の性格でもある。
まず本町通りの向かい側まで下がって、主屋と蔵を一組として眺めたい。細部に寄るのはそれからでいい。近づけば、海鼠壁の目地の盛り上がりが手仕事で、微妙に不揃いなことが分かる。隣の店は営業時間中に開いていて、きものや漆工芸品、和の小物を扱っている。何か買って帰るのも、この訪問の過ごし方として悪くない。
さゝやは、平成25年(2013年)8月7日に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された後田・橋北地区の一角にある。本町通りが町人地、殿町通りが武家地で、どちらも残っている。津和野駅からは徒歩5分ほど。店に駐車場がある。
Q&A
- 蔵の中を見られますか。
- 見られません。私有の建物で、非公開です。家紋、銅製の開戸、海鼠壁の腰など、外観はすべて本町通りから見えます。時間の制約も料金もありません。
- 海鼠壁とは何ですか。
- 平瓦を斜め格子に張り、その目地に漆喰をかまぼこ状に盛り上げて仕上げる壁のことです。盛り上げた目地の形が海鼠に似ていることが名の由来です。壁の腰を雨や衝撃から守る実用の技法で、全国の蔵や商家に広く見られます。
- なぜ「旧」呉服蔵なのですか。
- 呉服の在庫を納めるために建てられ、現在はその用途で使われていないためです。名称は歴史的な機能を記録したものです。現在の用途については公的な記録に記載がありません。
- 登録有形文化財と重要文化財はどう違うのですか。
- 登録は平成8年に設けられた軽い制度で、おおむね築50年以上を経て歴史的景観に寄与する建物などを対象とします。所有者は修理・改修・使用を続けられ、届出は外観を大きく変える場合に限られます。国宝・重要文化財の指定は、はるかに少数の傑出した物件を対象とし、規制も格段に強くなります。
- さゝやの他の建物も登録されているのですか。
- はい。平成22年9月10日に4棟が同時に登録されました。店舗兼主屋(32-0151)、座敷蔵(32-0152)、この旧呉服蔵(32-0153)、唐津蔵(32-0154)です。入れるのは店舗兼主屋の一階のみです。
基本情報
| 名称 | ささや呉服店旧呉服蔵(ささやごふくてんきゅうごふくぐら) |
|---|---|
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 32-0153(第68回登録) |
| 登録告示年月日/登録年月日 | 平成22年(2010年)9月10日 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 時代・年代 | 江戸末期(1830〜1867年)/昭和40年頃(1965年頃)改修 |
| 構造及び形式等 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積23平方メートル |
| 規模 | 桁行5.9メートル、梁間3.9メートル。切妻造、棟は東西方向 |
| 種別 | 産業3次/建築物 |
| 所在地 | 島根県鹿足郡津和野町後田字本町ロ213 |
| 所有者 | 合名会社さゝや |
| 公開状況 | 非公開(外観は公道から見学可) |
| 交通 | JR山口線 津和野駅から徒歩約5分。店舗に駐車場あり |
| 周辺 | 津和野重要伝統的建造物群保存地区内(平成25年8月7日選定) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「ささや呉服店旧呉服蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008361
- 文化遺産オンライン「ささや呉服店旧呉服蔵」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/212923
- 文化庁 国指定文化財等データベース「ささや呉服店店舗兼主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008359
- 津和野町「津和野伝統的建造物群保存地区」
- https://www.town.tsuwano.lg.jp/www/contents/1464654399594/index.html
- 全国伝統的建造物群保存地区協議会「津和野町津和野」
- https://www.denken.gr.jp/archive/tsuwano-tsuwano/index.html
- 津和野の呉服司 さゝや「ささやについて」
- https://sasaya-kimono.com/pages/about
最終更新日: 2026.07.16