ささや呉服店店舗兼主屋 ― 間口十四メートル、本町通りの表構え

間口十四メートル。町家としては、かなり長い。島根県の西端、山に囲まれた城下町・津和野の旧町人地、本町通りに東面して、その十四メートルを一棟で占めている建物がある。呉服商さゝやの店舗兼主屋である。

文化庁の国指定文化財等データベースは、この建物を木造2階建、瓦葺、建築面積207平方メートルと記録する。切妻造の桟瓦葺で、背面の屋根は棟で切らずにそのまま葺き降ろす。正面には下屋庇が張り出し、こちらは銅の瓦棒葺とする。

同じ敷地には、あわせて4棟が2010年に登録有形文化財となっている。残る3棟は蔵である。商いが動いているのは、この一棟だ。

登録の理由と、登録という制度

登録告示は平成22年(2010年)9月10日、第68回の登録による。登録番号は32-0151。登録基準は一つだけ挙げられている。「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。

国宝や重要文化財という語に慣れた目には、この基準はいささか控えめに映るかもしれない。制度そのものが控えめに設計されている。登録有形文化財は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正で生まれた仕組みで、指定制度とは性格が異なる。指定は少数の傑出した文化財に対する強い措置であり、所有者への規制も重い。登録は逆に、築およそ50年以上を経て歴史的景観に寄与する建物、あるいは造形の規範となる建物、再現が容易でない建物を、広く緩やかに拾い上げる。所有者の自由度は大きく、修理も改修も日常の使用も続けられ、外観を大きく変える場合にのみ届出を要する。

つまりこの制度は、さゝやのような建物のためにある。傑出しているから守るのではなく、そこにあって、まだ使われているから守る。

見どころ

柱を見せない壁

日本の木造建築は柱を見せるものが多いが、この建物は見せない。大壁造である。構造材を厚い塗り壁の中に塗り込め、表面を平滑な一枚の面として仕上げる。見た目は木造というより組積造に近い。防火の理屈もある。露出した木は燃えるが、塗り込めた木はすぐには燃えない。

両端のウダツ

正面の両端、屋根の上に立ち上がっているのがウダツ。隣家からの延焼を食い止めるために漆喰で立ち上げた小さな袖壁で、町によっては裕福な商家の見栄の道具にもなった。ここでは両方だろう。左右のウダツを同時に視野に入れると、この建物の輪郭がつかめる。平らな塗り壁の箱に、肩が二つ。

庇の幕板

下屋庇から下がっている横板が幕板である。吹き込む雨が店先まで届かないように取り付けるもので、実用の部材だが、結果として正面に目の高さの強い水平線が一本引かれることになった。賑やかな一階と、無地の二階壁とを、この一本が仕切っている。

北の小路から

角を曲がって、北側の小路に入ってみたい。ここでは妻壁が大きく開けて見える。塗り込めた広い壁面に、庇付の窓が二ヶ所。わざわざ回り込む人はほとんどいないが、文化庁の解説はこの妻面をわざわざ書き留めている。

嘉永の大火と、そのあと

嘉永6年(1853年)、津和野の城下町全域が大火に見舞われた。津和野町は、現在のまちなみがそれ以降の建物で占められていると明記し、大火直後の幕末期の建物として残るものの一つに、殿町の旧多胡家表門や藩校養老館の一部とならべて、町家の分銅屋とささや呉服店を挙げている。

一方、文化庁のデータは年代を「江戸末期」とし、西暦では1830〜1867年という幅で示すにとどまる。この二つは、そのままでは噛み合わない。1853年より前にこの通りに建っていたのなら、燃えているはずだからである。さゝや自身は創業を安政元年(1854年)、大火の翌年とする。

穏当な読み方はこうだろう。建物は大火後の復興のなかで建てられた。文化庁の広い年代幅は、対立する説があるためではなく、建築年を示す確かな史料が見当たらないことの反映である。ただし、それは推定であって、記録が答えを出しているわけではない。

なお、昭和44年(1969年)に改修を受けている。

訪ねる

津和野駅から徒歩5分ほど。駐車場がある。現役の小売店であるため、一階は営業時間中、誰でも入ることができる。この地区の登録建造物のなかでは、かなり入りやすい部類に属する。二階と背後の蔵3棟は私的空間で、公開されていない。当然のことながら、ここは他人の商売の場であり住まいでもある。内部を見たければ、客として入るのが筋である。

店にはきものや漆工芸品、和の小物が並ぶ。夏には浴衣のレンタルを季節限定で扱ってきた。買い物が目的でなくとも、外観を眺めるだけなら自由だし、北の小路は無料である。

周囲を一時間ほど歩く価値はある。平成25年(2013年)8月7日、この本町通りを含む後田・橋北地区の一部が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。本町通りが町人地、少し歩いた殿町通りが武家地で、性格の違う二本の通りが並存して残っている。津和野は文化庁の日本遺産にも認定されている。

Q&A

Q中に入れますか。
A一階は呉服店として営業しており、営業時間中は客として入店できます。二階および敷地内の蔵3棟は私的空間で、公開されていません。拝観料や見学ツアーの設定はなく、あくまで店舗への来店という形になります。
Q登録有形文化財は、国宝や重要文化財とどう違うのですか。
A登録は平成8年の文化財保護法改正で設けられた、指定より緩やかな制度です。おおむね築50年以上で歴史的景観に寄与する建物などを対象とし、所有者は修理・改修・日常の使用を続けられます。届出が必要になるのは外観を大きく変える場合に限られ、使い続けることを前提にした保護の仕組みです。
Q正確な建築年はいつですか。
A建築年を示す確実な記録は確認できません。文化庁は「江戸末期」(1830〜1867年)とし、津和野町は嘉永6年(1853年)の大火直後に残った建物の一つとしてささや呉服店を挙げ、さゝや自身は創業を安政元年(1854年)としています。江戸時代最末期の建物、という以上の断定は避けるべき状況です。
Q屋根の両端に立ち上がっている壁は何ですか。
Aウダツです。正面の両端に漆喰で立ち上げた袖壁で、家が密集する通りで隣家からの延焼を防ぐために設けられました。費用がかかるため、次第に商家の格を示す意匠としての性格も帯びるようになります。
Q交通手段を教えてください。
AJR山口線の津和野駅から徒歩5分ほど、本町通り沿いです。駐車場があります。保存地区自体がコンパクトなので、周辺は徒歩で回れます。

基本情報

名称ささや呉服店店舗兼主屋(ささやごふくてんてんぽけんしゅおく)
区分登録有形文化財(建造物)
登録番号32-0151(第68回登録)
登録告示年月日/登録年月日平成22年(2010年)9月10日
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
時代・年代江戸末期(1830〜1867年)/昭和44年(1969年)改修
構造及び形式等木造2階建、瓦葺、建築面積207平方メートル。間口約14メートル
種別産業3次/建築物
所在地島根県鹿足郡津和野町後田字本町ロ213
所有者合名会社さゝや
交通JR山口線 津和野駅から徒歩約5分。駐車場あり
公開状況一階は呉服店として営業中(営業時間中は入店可)。二階・蔵は非公開
周辺津和野重要伝統的建造物群保存地区内(平成25年8月7日選定)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「ささや呉服店店舗兼主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008359
文化遺産オンライン「ささや呉服店店舗兼主屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/170281
津和野町「津和野伝統的建造物群保存地区」
https://www.town.tsuwano.lg.jp/www/contents/1464654399594/index.html
全国伝統的建造物群保存地区協議会「津和野町津和野」
https://www.denken.gr.jp/archive/tsuwano-tsuwano/index.html
津和野の呉服司 さゝや「ささやについて」
https://sasaya-kimono.com/pages/about
津和野町観光協会「ささや」
https://tsuwano-kanko.net/info/sasaya/

最終更新日: 2026.07.16