灯台の隣に建つ煉瓦造の平屋

御前埼灯台旧官舎(おまえさきとうだいきゅうかんしゃ)は、静岡県御前崎市御前崎字燈明にある明治7年(1874年)建設の煉瓦造平屋建の建物で、令和3年(2021年)8月2日に灯台とともに国の重要文化財に指定された。

岬を上ってくる人の視線は、まず白い塔に吸い寄せられる。その脇に横たわる長い煉瓦の建物は、初見では付属の倉庫に見える。この見立ては、面白い形で外れている。旧官舎は灯台と同時期に、同じ煉瓦で建てられた。そして125年のあいだ、灯りを絶やさないために働いた人々が寝起きした場所である。

国指定文化財等データベースの記載は簡潔で、「煉瓦造、建築面積163.68㎡、平屋建、アスファルトシングル葺」、員数1棟とある。形式の詳細は御前崎市の調査資料が補う。ほぼ東西を棟とする寄棟造で、北側には半間の庇を葺き下ろしてベランダとし、東西の妻面にそれぞれ張出部を設ける。深夜も悪天の日も屋外へ出る必要がある勤務のために引かれた平面である。

工事監督のため明治5年(1872年)に来崎した英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンが着いた時点では、この官舎はまだ建っていない。彼は官舎が完成するまで御前崎村の大庄屋・松林久左衛門宅の奥座敷を宿舎とし、賄いは政府が差し向けたコックが担ったと伝えられる。夫人と腕を組んで散歩する姿に村人が驚いた、石鹸で体を洗う姿を覗いて西洋人の肌が白い理由を勝手に説明して回った者がいた、といった逸話が地元に残る。異国の技術と生活が同時に到来した2年間だった。

灯台守という職務と、指定の理由

御前埼灯台には明治7年から平成11年(1999年)まで、125年間にわたって灯台守が常駐した。文化庁の解説文は本件について「灯台と共に建設された煉瓦造の旧官舎も併せて保存を図る」と結ぶ。御前崎市はより踏み込んで、灯台と並ぶ市内最古の煉瓦造建物であること、灯台守の働きを偲ばせる建物であることを指定理由に挙げている。

その働きは、まず肉体労働だった。電動駆動が入るまで、レンズの回転は分銅の落下に頼っていた。灯塔中心の分銅筒に張られた鋼索へ500〜600キログラムの分銅を吊り、その自然落下を歯車で水平回転に変えて総重量3トン超のレンズを回す。分銅が落ち切る前に巻き上げなければ光は止まるため、灯台守は一晩に1、2回、80段近い階段を上り下りして人力で巻き上げた。季節も天候も関係がない。

職務はそれだけではない。点消灯、灯器とレンズの研磨、回転機械の維持管理に加えて、船舶との無線交信、海上の気象観測と気象庁への通報が日課に含まれていた。

昭和9年(1934年)の灯台60周年記念祭を取材した新聞に、明治42年から大正3年まで看守を務めた第25代・向笠三平の談話が載る。灯台の生活は呑気なものと思われがちだがそんなものではない、と彼は語る。昼は不十分ながら気象観測と通過船舶への信号を欠かさず、夜は交替で寝ずの番につく。万一消灯すれば、一抱えもある予備灯を抱えて機械の回転とほぼ同じ速さでベランダの周囲を回り続けなければならない。好天なら耐えられる。暴風雨と真冬は辛い、と。

もっとも、職業としての条件は恵まれていた方だという。灯台の多くは人里離れた岬の突端や離島にあり、雨水を溜めて生活用水とし、畑を耕して食糧を得て、子どもは何時間もかけて通学する暮らしが標準だった。御前埼灯台の場合は石門一つで住家と村がつながっており、通学にも買物にも不自由がない。村人も灯台守の家族を村の一員として扱ったと記録されている。

全国の灯台から灯台守が姿を消したのは平成18年(2006年)、長崎県五島列島の女島灯台が最後である。御前埼灯台の灯りは現在、清水海上保安部が遠隔で監視している。

倉庫で見つかった巻揚装置

旧官舎の内部は、現在その一部が御前埼灯台資料館として使われ、残りは倉庫となっている。資料館には、この建物を訪ねる理由になる一点が展示されている。同じ指定の附として登録された「旧回転機械分銅自動巻揚装置」1式である。

附指定は、指定物件の理解に欠かせない資料に対して行われる。この装置は昭和25年(1950年)に日本の会社が製造したもので、外形は高さ106センチメートル、幅87センチメートル、奥行87センチメートル。分銅が分銅筒の一番下まで落ちると電動モーターが回り、ロープを自動で巻き上げる。灯台守を毎晩の階段から解放するための機構だった。

御前崎市がまとめた年表は、小さな推理譚のように読める。昭和25年に灯室へ据えられた当初は手動式だった。昭和28年(1953年)12月1日に電動モーターが取り付けられ、自動巻揚装置となる。昭和40年(1965年)3月31日、レンズの回転装置として電動駆動装置が別に取り付けられたことで使用されなくなり、それでも灯室に置かれたままになっていた。平成15年(2003年)3月、3等レンズ用の免震装置を灯室に取り付ける工事の際に分解して取り外され、旧官舎の倉庫へ運ばれた。

そのまま眠っていた装置が再び現れるのが令和2年(2020年)12月14日である。文化庁調査官による御前埼灯台の調査が入り、旧官舎倉庫に分解状態で保管されていたこの装置が発見された。翌令和3年3月31日に御前崎市教育委員会が意見具申書を文化庁長官へ提出、5月21日の文化審議会答申を経て、8月2日に官報告示。10月22日には海上保安庁第三管区海上保安本部から御前崎市へ譲与され、市が当時の状態に組み立て直した。これを御前崎市観光協会が借用し、装置は自らが分解されて眠っていた建物の中で公開されている。

装置を見てから灯台に上ると、二つが噛み合う。分銅が落ちていた筒は、隣に立つ塔の中心をそのまま貫いている。

実用的な情報を添えておく。旧官舎内の資料館は見学でき、両建物の周囲は手続きなしで歩ける。灯台への参観は公益社団法人燈光会が別に扱い、参観寄付金は中学生以上300円、小学生以下は無料である。資料館の開館状況は季節と天候によって変わるため、遠方から訪ねる場合は燈光会御前埼支所(0548-63-2550)に確認しておくとよい。屋外の撮影に制限はない。付近には無料の市営駐車場があり、バス停の御前崎海洋センターからは徒歩約10分である。

Q&A

Q御前埼灯台旧官舎とはどのような建物で、いつ建てられたのですか。
A御前埼灯台を運用する職員の住居などに供された煉瓦造の建物で、明治7年(1874年)に灯台と同時期に建てられました。平屋建の寄棟造、アスファルトシングル葺で、北側の庇の下をベランダとし、東西の妻面に張出部を設けます。灯台守は明治7年から平成11年まで、125年間ここに常駐しました。
Q御前埼灯台旧官舎の内部は見学できますか。
A内部の一部が御前埼灯台資料館として公開されており、見学できます。残りは倉庫として使われています。建物周囲の敷地は手続きなしで歩けます。開館状況は季節や天候で変わるため、訪問前に燈光会御前埼支所(0548-63-2550)へ確認することをおすすめします。
Q御前埼灯台旧官舎に展示されている「旧回転機械分銅自動巻揚装置」とは何ですか。
Aレンズを回すための分銅を自動で巻き上げる装置で、昭和25年(1950年)に日本で製造されました。外形は高さ106センチメートル、幅87センチメートル、奥行87センチメートル。当初は手動式で、昭和28年12月に電動化され、昭和40年に使用を終えました。平成15年に分解して旧官舎倉庫に保管され、令和2年12月に文化庁調査官の調査で発見、令和3年に重要文化財の附として指定されました。
Q御前埼灯台の灯台守はどのような仕事をしていたのですか。
A中心となるのは灯りを絶やさないことでした。電動化前は一晩に1、2回、80段近い階段を上って500〜600キログラムの分銅を人力で巻き上げ、その落下力で3トン超のレンズを回していました。ほかに点消灯、灯器とレンズの研磨、回転機械の維持管理、船舶との無線交信、海上気象の観測と通報を担いました。
Q御前埼灯台旧官舎と灯台は同じ指定に含まれるのですか。
A同じ指定です。令和3年8月2日の指定は、灯台1基、旧官舎1棟、附「旧回転機械分銅自動巻揚装置」1式を範囲とし、指定番号は2724で共通します。灯台と旧官舎の所有者は国(海上保安庁)、附の装置は令和3年10月の譲与により御前崎市が所有者となっています。

基本情報

名称御前埼灯台 旧官舎(おまえさきとうだい きゅうかんしゃ)
所在地静岡県御前崎市御前崎字燈明一五八一番一
指定区分重要文化財(建造物)/指定基準(三)歴史的価値の高いもの/指定番号2724(灯台と共通)
指定年令和3年(2021年)8月2日 建設は明治7年(1874年)
員数1棟
寸法煉瓦造、建築面積163.68平方メートル、平屋建、アスファルトシングル葺(国指定文化財等データベース)。御前崎市資料では163.86平方メートル。ほぼ東西棟の寄棟造、北側に半間の庇によるベランダ、東西妻面に張出部
所有者国(海上保安庁) ※附の巻揚装置は御前崎市所有
公開状況内部の一部を御前埼灯台資料館として公開(残りは倉庫)。敷地内の散策は自由。開館状況は燈光会御前埼支所(0548-63-2550)へ要確認。屋外の撮影制限なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/御前埼灯台 旧官舎
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00005358
文化遺産オンライン/御前埼灯台 旧官舎
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/541128
御前崎市/国指定重要文化財
https://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/soshiki/shakaikyoiku/bunka/bunkazai/juuyoubunnkazai/kunishiteijuuyoubunnkazai.html
御前崎市/附「旧回転機械分銅自動巻揚装置」年表(PDF)
https://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/material/files/group/26/tsuketari_kyuukaitennkikaibunndoujidoumakiagesouti_nennpyou.pdf
御前崎市/附「旧回転機械分銅自動巻揚装置」概要(PDF)
https://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/material/files/group/26/tsuketari_kyuukaitennkikaibunndoujidoumakiagesouti_gaiyou.pdf
御前崎市「国指定重要文化財 御前埼灯台について」(PDF)
https://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/material/files/group/26/omaesakitoudainituite3.pdf
御前埼灯台ホームページ/灯台守
https://omaesaki-lighthouse.jp/toudaimori/
公益社団法人燈光会/御前埼灯台(おまえさき)
https://www.tokokai.org/tourlight/tourlight07/

最終更新日: 2026.08.14