二つの海を分ける岬に立つ煉瓦の塔
御前埼灯台(おまえさきとうだい)は、静岡県御前崎市御前崎字燈明にある明治7年(1874年)初点灯の洋式灯台で、令和3年(2021年)8月2日に国の重要文化財に指定された。
地名の表記と灯台名の表記が食い違う点を、現地では最初に説明される。市名も岬名も「御前崎(おまえざき)」だが、灯台だけは古い字体を残して「御前埼(おまえさき)」と書き、読みも濁らない。文化庁の登録上のふりがなも「オマエサキトウダイ」である。
岬は駿河湾と遠州灘を分ける位置にある。東方約3キロには御前岩と呼ばれる暗礁群が横たわり、東西約150メートル、南北約1,100メートルの範囲に大根・ドイ根・傘島・赤島といった露出岩が干潮時にだけ顔を出す。南から北上する黒潮と駿河湾から流れ出す潮が正面からぶつかるため、海面が静まる日は少ない。明治18年(1885年)から昭和33年(1958年)までの海難記録では、150隻余がこの暗礁に乗り上げたと集計されている。
灯りそのものの歴史は江戸初期にさかのぼる。寛永12年(1635年)、幕府はこの地に見尾火燈明堂を設けた。3.6メートル四方ほどの小屋で、海に面した三方を油障子で囲い、中央に油灯を据える。灯明番は村人が交替で務め、油代と障子の張紙代は幕府から支給された。この仕組みが240年余り続いた。現在の灯台入口付近には復元された燈明堂が置かれており、木造の小屋と煉瓦の塔を並べて見比べれば、幕末から明治にかけての技術の断層がそのまま理解できる。
転機は座礁事故である。明治4年(1871年)、旧幕府が建造した軍艦が燈明台沖のセイゴ根に乗り上げた。新政府はこれを重く見て洋式灯台の建設を決め、招聘した英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンが現地調査と進言にあたった。着工は明治5年(1872年)5月26日。海抜36.7メートルの高台に足場が組まれ、2年の工期を経て明治7年5月1日に初点灯した。
指定の根拠となった三つの技術
国指定文化財等データベースは、この灯台を員数1基、種別「近代/産業・交通・土木」、年代明治7年、指定番号2724として登録する。構造及び形式等の欄には「金属製、煉瓦造及び石造、建築面積60・54㎡、東西塀附属」とあり、指定基準は「(三)歴史的価値の高いもの」が適用されている。
評価の柱は三つに整理できる。
第一は建設時期の位置づけである。明治元年から同5年にかけて政府が建設した13基の灯台は、その多くが改税約書(江戸条約)や大坂約定に基づく、列強の要求を受けた履行事業だった。御前埼灯台はその次の段階、すなわち明治政府が自らの判断で整備計画に組み込んだ最初期の洋式灯台にあたる。文化庁の解説文も「列強の要求に基づく灯台に引き続き、明治政府が推進した灯台建設の最初期に築かれた洋式灯台」と記す。
第二は躯体の構法である。灯塔は内外二重の円筒を重ねた二重円筒構造をとり、中心部には分銅を上下させるための分銅筒が通る。基礎工事にはコンクリートが用いられた。いずれも当時の日本の建築では新しい技術であり、文化庁は本件を我が国最初期の煉瓦造灯台と位置づけている。ただし二重構造であることが構造図以外の形で確認されたのは平成28年(2016年)の改修工事の際で、白ペンキと内部の板張りを剥がしたところ、建設当初の煉瓦積みが現れて内部構造が判明した。
第三は光学装置である。当初据えられたのはフランスのソーター・ハーレイ社製、高さ259センチメートルの回転式一等閃光レンズで、回転式一等レンズの採用は国内初とされる。総重量3トンを超えるレンズは、鳩時計と同じ原理で動いた。灯塔の高さ分だけ張られた鋼索に500〜600キログラムの分銅を吊り、その自然落下の力を歯車で水平回転に変換してレンズ台へ伝える仕組みである。
この一等レンズは戦災で失われた。昭和20年(1945年)7月24日以降、米軍艦載機の機銃掃射と艦砲射撃を連日受け、レンズ・灯器・回転機械が破壊された。灯塔にも無数の弾痕が残った。仮設灯器で急場をしのいだのち、戦災復旧工事が昭和24年(1949年)3月24日に完成する。灯塔の一部補強と灯籠の補修が行われ、レンズは国産の三等大型閃光レンズ(高さ157センチメートル)に交換された。重量のあるレンズを小さな力で滑らかに回すため、このとき水銀槽式回転機械が導入されている。約8.8リットル、重量にして約120キログラムの水銀の上にレンズを浮かべる方式だった。
以後の改変は抑制的である。昭和58年(1983年)には東海地震に備えて灯塔にピアノ線を巻く耐震補強が施され、平成28年10月からの改修では外壁の塗り替えと階段室内部の板張り更新(ヒノキ材)が行われた。灯器は更新を重ねているが、煉瓦造の躯体は明治7年の姿をよく保っている。
なお本件には附指定がある。「旧回転機械分銅自動巻揚装置」1式(昭和25年製)で、現在の所有者は御前崎市。同じ指定に含まれる旧官舎の内部で展示されている。
らせん階段を上って見えるもの
御前埼灯台は、全国に16基ある「のぼれる灯台」の一つである。参観業務は公益社団法人燈光会の御前埼支所が担い、参観寄付金は中学生以上300円。小学生以下は無料で、障害者手帳をお持ちの方とその同行者1名も無料となる。
参観時間は令和8年(2026年)3月1日に改定された。燈光会が支所職員の健康維持を理由に昼時間休業を導入したため、現在は午前が通年9時から12時、午後が3月から10月の土日祝日は13時から16時30分、同期間の平日と11月から2月は13時から16時までとなっている。入場は午前・午後とも終了時刻の15分前まで。年末年始も参観できるが、強風など悪天候時は灯台内への立ち入りが止まる。その場合も周辺の散策は可能である。
内部の階段は80段近い。途中に設けられた小窓は平成28年の改修で新設されたもので、ここから灯塔の生の煉瓦積みが覗ける。長手と小口を段ごとに交互に積むイギリス積みで、内部の煉瓦構造が見られるようになったのは戦後初めてのことだった。ここは足を止める価値がある。
踊り場の高さは地上から17メートル、平均水面からは54メートル。灯台自体の総高は22.47メートルである。空気の澄んだ日には伊豆半島、南アルプス、富士山が同時に視野に入る。参観灯台のうち富士山が最も大きく見えるのが御前埼灯台だと市は説明しており、冬の乾いた朝に確かめてみる価値のある主張だ。
灯質は単閃白光、毎10秒に1閃光。光度56万カンデラ、光達距離19.5海里(約36キロメートル)、明弧は221度から104度まで。日没から21時までは灯塔がライトアップされるため、上らずに外から眺めるだけでも別の時間帯を楽しめる。
撮影の制限はなく、敷地内の散策だけなら参観手続きも要らない。付近には無料の市営駐車場がある。
アクセスは事前の確認をすすめたい。鉄道利用ならJR菊川駅から静鉄バス菊川浜岡線で浜岡営業所まで約40分、御前崎市内線に乗り換えて御前崎海洋センターまで約30分、そこから徒歩約10分。JR静岡駅からは相良営業所経由で約1時間10分+約25分。自動車なら東名高速相良牧之原ICから約30分、吉田ICから約40分である。
Q&A
- 御前埼灯台は登れますか。参観時間と参観寄付金は。
- 登れます。全国16基の参観灯台の一つです。令和8年3月1日以降は午前が通年9時から12時、午後が3月から10月の土日祝日は13時から16時30分、同期間の平日と11月から2月は13時から16時です。入場は各時間帯の終了15分前まで。参観寄付金は中学生以上300円、小学生以下は無料です。悪天候時は灯台内に入れません。
- 御前埼灯台はなぜ重要文化財に指定されたのですか。
- 令和3年8月2日に指定基準「(三)歴史的価値の高いもの」で指定されました。列強の要求による灯台に続いて明治政府が主体的に計画した最初期の洋式灯台であること、二重円筒構造と分銅筒を備えた我が国最初期の煉瓦造灯台であること、回転式一等レンズを国内で初めて採用したことが評価されています。指定の範囲は灯台1基、旧官舎1棟、附1式です。
- 御前埼灯台の高さと光の届く距離はどれくらいですか。
- 総高は22.47メートル、灯火は地上から17メートル、平均水面からは54メートルの位置にあります。灯質は単閃白光で毎10秒に1閃光、光度56万カンデラ、光達距離は19.5海里(約36キロメートル)です。
- 御前埼灯台のレンズは建設当時のものですか。
- 現在のレンズは当初のものではありません。フランス・ソーター・ハーレイ社製の回転式一等閃光レンズは昭和20年7月の空襲で破壊され、昭和24年3月の戦災復旧工事で国産の三等大型閃光レンズに交換されました。煉瓦造の灯塔自体は建設当初の姿を保っています。
- 御前埼灯台の内部で煉瓦積みを見ることはできますか。
- できます。平成28年の改修工事でらせん階段の途中に小窓が新設され、イギリス積みの煉瓦構造を直接確認できるようになりました。内部の煉瓦が見られるようになったのは戦後初めてです。撮影の制限はありません。
基本情報
| 名称 | 御前埼灯台 灯台(おまえさきとうだい とうだい) |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県御前崎市御前崎字燈明1581番1 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定基準(三)歴史的価値の高いもの/指定番号2724 附:旧回転機械分銅自動巻揚装置1式 |
| 指定年 | 令和3年(2021年)8月2日 建設は明治7年(1874年) |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 金属製、煉瓦造及び石造、建築面積60.54平方メートル、東西塀附属(国指定文化財等データベース)。御前崎市資料では建築面積61.98平方メートル、総高22.47メートル |
| 所有者 | 国(海上保安庁) |
| 公開状況 | 参観可(公益社団法人燈光会)。参観寄付金は中学生以上300円、小学生以下無料。悪天候時は灯台内立入不可。周辺散策と撮影は自由。日没から21時までライトアップ |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/御前埼灯台 灯台
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00005357
- 文化遺産オンライン/御前埼灯台 灯台
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/518437
- 文化庁「近代の文化遺産の保存と活用」/御前埼灯台
- https://www.bunka.go.jp/kindai/todai/006/index.html
- 御前崎市/国指定重要文化財
- https://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/soshiki/shakaikyoiku/bunka/bunkazai/juuyoubunnkazai/kunishiteijuuyoubunnkazai.html
- 御前崎市「国指定重要文化財 御前埼灯台について」(PDF)
- https://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/material/files/group/26/omaesakitoudainituite3.pdf
- 御前崎市商工観光課/御前埼灯台
- https://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/soshiki/shokokanko/kankospot/toudai.html
- 公益社団法人燈光会/御前埼灯台(おまえさき)
- https://www.tokokai.org/tourlight/tourlight07/
- 国土交通省インフラツーリズムポータルサイト/御前埼灯台
- https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/infratourism/infralist/shizuoka/index02.html
最終更新日: 2026.08.14