方広寺三重塔とは
方広寺三重塔は、静岡県浜松市浜名区引佐町奥山の方広寺にある大正12年(1923年)建立の塔で、令和元年(2019年)9月10日に国の登録有形文化財(建造物)となった。本堂の南、沢を隔てた山頂に西を向いて建つ。
木造の三重塔で、本瓦葺、建築面積は11平方メートル。各重とも方三間に構え、組物は尾垂木付の三手先、垂木は二軒繁垂木とする。乱石積の基壇の正面中央を突き出して切妻造の棟門を構え、周囲に板塀をめぐらせた。登録には門と塀も含まれる。
設計者の名が残る塔
文化庁の解説は、もと京都府技手であった安井楢次郎の設計によるものと記す。近代の寺院建築で設計者の名が記録に残る例は多くない。
方広寺三重塔が登録された理由
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は22-278である。
評価の要は、古典的な和様の構成を大正期にきちんと組み上げた点にある。尾垂木付三手先の組物は軒を三段に持ち出す最も手のかかる形式で、二軒繁垂木と組み合わせると軒裏に規則正しい影の層ができる。塔身が小さいぶん、各部の比率のわずかな崩れも目につくが、方広寺三重塔はその難所を破綻なくまとめている。
建立の経緯も記録されている。方広寺の公式サイトによれば、京都の山口玄洞の寄進によって大正12年に建てられた。寄進者が倒産の難を免れ、その後事業を伸ばしたという話から、倒産除けの塔として信仰を集めるようになったと伝わる。
方広寺三重塔の見どころ
方広寺三重塔は本堂前の広場から見上げる位置にある。距離があるぶん、三重の屋根の逓減、つまり上へ行くほど各重が小さくなる割合がよく読み取れる。塔は遠望のほうが姿を掴みやすい建築である。
足元まで上がったら、基壇に注目したい。整形しない石を積んだ乱石積で、その正面中央だけが前へ突き出て棟門となる。門をくぐった先に塔が立つという構えが、小さな塔に境内らしい奥行きを与えている。
軒裏を真下から見ると、尾垂木が斜めに突き出し、その先で軒桁を受けているのが分かる。昭和中期に増築、平成11年(1999年)に改修の手が入っているが、塔身の意匠は当初の和様を保っている。
方広寺三重塔の見学方法
方広寺三重塔の内部は公開されていない。見学は外観に限られるが、板塀の外から塔身の全体が見えるので、姿を確かめるのに不自由はない。
本堂からは沢を挟んで反対側の山頂にあたるため、歩けば上り下りがある。方広寺では三重塔の下まで車で上がれる道が案内されており、坂を避けたい場合はこちらを使える。
西を向いて建つので、午後の光が正面に回る。撮影に制限は設けられていない。境内への行き方と拝観の条件は方広寺のページにまとめてある。
Q&A
- 方広寺三重塔はいつ建てられましたか。
- 大正12年(1923年)の建立です。昭和中期に増築、平成11年(1999年)に改修が加えられています。
- 方広寺三重塔は誰が建てたのですか。
- 方広寺の公式サイトは京都の山口玄洞の寄進によると記します。設計はもと京都府技手の安井楢次郎で、文化庁の解説に名が残ります。
- 方広寺三重塔が倒産除けと呼ばれるのはなぜですか。
- 寄進者が倒産の難を免れ、その後事業を伸ばしたという話にちなむと伝わります。財界からの参詣が続いてきた塔です。
- 方広寺三重塔の内部は見学できますか。
- 内部は公開されていません。周囲に板塀がめぐりますが、外から塔身の全体を見ることができます。撮影の制限はありません。
- 方広寺三重塔はどのような文化財ですか。
- 令和元年(2019年)9月10日に国の登録有形文化財(建造物)となりました。登録番号は22-278で、門と塀も登録に含まれます。
基本情報
| 名称 | 方広寺三重塔(ほうこうじさんじゅうのとう) |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県浜松市浜名区引佐町奥山1577-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 22-278 |
| 指定年 | 令和元年(2019年)9月10日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造三重塔、瓦葺、建築面積11平方メートル、門塀付 |
| 所有者 | 宗教法人方広寺 |
| 公開状況 | 外観のみ見学可(内部非公開)。撮影可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):方広寺三重塔
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012928
- 臨済宗方広寺派大本山 方広寺:境内案内
- https://www.houkouji.or.jp/guide/
最終更新日: 2026.09.17