可睡斎東司:日本一と称される禅寺のトイレ建築

静岡県袋井市の名刹・可睡斎の境内に佇む「東司(とうす)」は、日本の登録有形文化財の中でもひときわ異彩を放つ建造物です。東司とは禅宗寺院におけるトイレの呼称であり、可睡斎の東司は「日本一の大東司」として広く知られています。昭和12年(1937年)に建てられたこの木造平屋建ての建物は、当時としては先進的であった水洗式トイレを備えながらも、網代天井や組子細工の欄間といった伝統的な日本建築の意匠を随所に配した、類例のない文化的価値を有する空間です。平成26年(2014年)12月19日、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

可睡斎の歴史と寺名の由来

可睡斎は、正式には萬松山可睡斎と称する曹洞宗の禅寺です。応永8年(1401年)に如仲天誾禅師によって開山され、600年を超える歴史を刻む東海屈指の名刹として知られています。江戸時代には「東海大僧録」として三河・遠江・駿河・伊豆四カ国の曹洞宗寺院の触頭を務め、関三刹と同等の権威を誇りました。

「可睡斎」という独特の寺名には、徳川家康にまつわる逸話が伝えられています。第11代住職の仙隣等膳和尚は、今川家の人質時代の家康(松平竹千代)の教育係を務めた人物でした。のちに浜松城主となった家康が旧恩を忘れず等膳和尚を城に招いた折、高齢の和尚は会見中に居眠りをしてしまいます。これを見た家康は怒ることなく、「睡る可し(ねむるべし)」と温かく声をかけ、以来この言葉が寺号となったと伝えられています。

明治6年(1873年)には秋葉寺より火防の神・秋葉三尺坊大権現が遷座し、以来、秋葉信仰の総本山として全国から参詣者を集めています。広大な境内には本堂・書院・方丈をはじめ多くの堂宇が建ち並び、昭和12年には迎賓施設である瑞龍閣と、この東司が同時期に完成しました。

文化財指定の理由と建築的価値

可睡斎東司は、約8メートル四方、建築面積108平方メートルの規模を持つ木造平屋建て・瓦葺きの建物です。その平面構成は禅宗寺院の伝統に則り、南辺に小便器、北東面に大便器室(個室)を配し、中央の壇上に烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)を祀るという独特の空間構成を持っています。

文化財としての価値が特に高く評価されているのは、その天井と装飾の意匠です。天井は周囲に「吹寄せの格縁(ごくぶち)」を廻らし、内側には美しい網代(あじろ)天井を張っています。中央部には天蓋風の装飾が設けられ、レトロなペンダント照明が当時のまま残されています。また、欄間には精緻な組子細工が施されており、実用的な建物でありながら、風雅な意匠を持つ建築として極めて高い評価を受けています。このように機能性と芸術性を高度に融合させた東司は全国的にも類例がなく、近代和風建築の優品として登録有形文化財にふさわしいと認められました。

烏枢沙摩明王と三黙道場

東司の中央壇上に立つ烏枢沙摩明王像は、総高約3メートルを誇る日本最大のご尊像であり、仏師・高村晴雲の一代傑作とされています。四本の腕を持ち、左手は天を指し、もう一方の左手は髑髏を持ちます。右手には宝棒と独鈷を握り、右足で磐石の上に立ち、左足で歓喜天を踏みつけています。逆立つ髪、首にかけた瓔珞、憤怒の表情は鬼気迫るものがあり、見る者を圧倒する存在感を放っています。

烏枢沙摩明王の起源は、古代インド神話の炎の神アグニに遡ります。仏教に取り入れられて後は、如来の化身である「明王」のひとりとして位置づけられました。聖なる炎によって人間界の煩悩や欲望を焼き尽くし、不浄を清浄に転じる力を持つとされ、禅宗寺院では古くから東司に祀られてきました。

曹洞宗をはじめとする禅宗寺院では、東司は僧堂(坐禅と食事の場)、浴司(入浴の場)とともに「三黙道場(さんもくどうじょう)」と呼ばれ、絶対に私語が許されない神聖な空間とされています。トイレという日常的な行為の中にも修行の心を忘れず、身体の浄化を精神の浄化と一体のものとして捉える禅の教えが、この東司の建築にも凝縮されているのです。

見どころと拝観案内

可睡斎東司は、寺院の有料拝観エリア内にあり、総合受付を過ぎて萬松閣の東側に位置しています。登録有形文化財でありながら現在も実際に使用できるトイレとして機能しており、男女兼用の施設です(近くに女性専用トイレも別途設置されています)。堂内の撮影も許可されており、烏枢沙摩明王像や網代天井、レトロな照明器具などをじっくり鑑賞することができます。

東司以外にも、可睡斎には見どころが豊富です。同じく登録有形文化財に指定されている瑞龍閣は、昭和12年に建てられた木造2階建ての迎賓施設で、部屋ごとに桜・藤・菊など季節の花を主題とした襖絵や欄間彫刻が施されています。境内西側の丘陵上に建つ護国塔は、明治44年(1911年)に日露戦争の戦没者慰霊のために建設された高さ17メートルの鉄筋コンクリート造円形ドームで、築地本願寺などで知られる建築家・伊東忠太の設計によるガンダーラ様式の仏塔です。静岡県指定有形文化財に指定されています。

可睡斎は「花の寺」としても名高く、春には約100種1,500株の牡丹が咲き誇り、隣接する「可睡ゆりの園」では夏に150余種200万本のユリが園内を彩ります。秋の紅葉、冬から春にかけての「可睡斎ひなまつり」(32段のひな人形飾りで知られる)、夏の「遠州三山風鈴まつり」、12月の「秋葉の火まつり」など、四季を通じて多彩な行事が催されています。禅寺ならではの坐禅体験・写経体験、そして日本一の典座和尚が手がける精進料理(要予約)も人気です。宿坊での宿泊も可能で、修行僧とともに本格的な禅の生活を体験することができます。

周辺の見どころ

可睡斎は、袋井市に所在する三つの古刹「遠州三山」のひとつです。残る二山は、厄除け観音として信仰を集める法多山尊永寺と、目の霊山として知られる医王山油山寺です。法多山は高野山真言宗の寺院で、奈良時代の神亀2年(725年)に聖武天皇の勅命で開かれた古刹。名物の「厄除けだんご」は参拝者に広く親しまれています。仁王門は国指定重要文化財です。油山寺は真言宗智山派の寺院で、大宝元年(701年)に行基が開創。境内の「るりの滝」は眼病平癒の信仰で知られ、三重塔・山門・薬師如来厨子が国指定重要文化財に指定されています。三山を一日で巡る参拝コースは古くから人気があり、夏には三山合同の風鈴まつりも開催されます。

近隣には、木造天守閣が復元された掛川城や、花と鳥のテーマパーク「掛川花鳥園」もあります。袋井市は旧東海道の宿場町としての歴史も持ち、「東海道どまん中茶屋」では往時の街道文化に触れることができます。また、小笠山総合運動公園エコパは大規模イベント会場として知られ、静岡県西部地域の観光拠点としても便利な立地です。

Q&A

Q「東司」とは何ですか?可睡斎の東司が特別なのはなぜですか?
A「東司(とうす)」とは、禅宗寺院におけるトイレの呼称です。禅宗建築では建物を東側に配したことからこの名があります。可睡斎の東司は、昭和12年(1937年)に建てられた約8メートル四方・108平方メートルの大規模な木造建築で、当時最先端の水洗式設備を備えながら、網代天井や組子細工の欄間など伝統的な意匠を随所に配した点が高く評価され、「日本一の大東司」と称されています。中央には日本最大の烏枢沙摩明王像(約3メートル)が安置されています。
Q東司は実際にトイレとして使えますか?
Aはい、可睡斎の東司は登録有形文化財でありながら、現在も男女兼用の水洗トイレとして実際に使用されています。日本でも極めて珍しい「現役の文化財トイレ」です。近くには女性専用トイレも別途設置されているのでご安心ください。堂内の撮影も可能で、烏枢沙摩明王像や建築意匠をゆっくり鑑賞することができます。
Q烏枢沙摩明王とはどんな仏様ですか?
A烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)は、古代インド神話の炎の神アグニを起源とする仏教の明王です。聖なる炎で煩悩や不浄を焼き尽くし、清浄に転じる力を持つとされ、禅宗寺院では古くから東司(トイレ)に祀られてきました。可睡斎の像は仏師・高村晴雲の作で、四本の腕と憤怒の表情を持つ圧倒的な姿は「日本一大きなトイレの仏様」として話題を集めています。
Q可睡斎へのアクセス方法を教えてください。
Aお車の場合、東名高速道路・袋井ICから約5分、新東名高速道路・森掛川ICから約15分です。公共交通機関の場合は、JR東海道本線・袋井駅から秋葉バスサービスまたは袋井市自主運行バス北部循環線(左回り)に乗車し、「可睡斎入口」バス停で下車(約12分)。境内には無料駐車場があります。拝観時間は8:00〜16:30、拝観料は大人(中学生以上)700円、小学生以下無料です。
Q東司以外の可睡斎の見どころは何ですか?
A東司と同時に登録有形文化財に指定された瑞龍閣(昭和12年築の迎賓施設)、伊東忠太設計のガンダーラ様式の護国塔(静岡県指定有形文化財)が必見です。また、春の牡丹園(約100種1,500株)、夏の可睡ゆりの園(150種200万本)、可睡斎ひなまつり、遠州三山風鈴まつり、12月の秋葉の火まつりなど季節の行事も豊富です。坐禅・写経体験や、日本一の典座和尚が手がける精進料理(要予約)、宿坊での宿泊体験も人気があります。

基本情報

名称 可睡斎東司(かすいさいとうす)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)/平成26年(2014年)12月19日登録
建築年 昭和12年(1937年)頃
構造 木造平屋建、瓦葺、建築面積108㎡
所有者 宗教法人可睡斎
所在地 〒437-0061 静岡県袋井市久能2915-1
所属寺院 萬松山可睡斎(曹洞宗)
拝観時間 8:00〜16:30(年中無休)
拝観料 大人(中学生以上)700円/小学生以下無料
アクセス 東名高速袋井ICから車で約5分/JR袋井駅からバスで約12分「可睡斎入口」下車
電話番号 0538-42-2121
公式サイト https://www.kasuisai.or.jp/

参考文献

可睡斎東司 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/235361
国指定文化財等データベース — 可睡斎東司
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010308
日本一の大東司と烏蒭沙摩明王 — 秋葉総本殿 可睡斎 公式サイト
https://www.kasuisai.or.jp/wp/p54
日本一の大きさの"トイレの仏様"・烏蒭沙摩明王 — 静岡県観光公式ブログ
https://shizuoka.hellonavi.jp/kasuisai-ususamamyoou
可睡斎 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%AF%E7%9D%A1%E6%96%8E
萬松山可睡斎 — 袋井市公式サイト
https://www.city.fukuroi.shizuoka.jp/soshiki/syougyou/1/tera_jinja/11054.html
拝観のご案内 — 秋葉総本殿 可睡斎 公式サイト
https://www.kasuisai.or.jp/wp/p06
自分と向き合い、心が穏やかになる時間 — 静岡県観光公式ブログ
https://shizuoka.hellonavi.jp/kasuisai

最終更新日: 2026.04.18