巖華園倶楽部(旧馬屋)とは

巖華園倶楽部(旧馬屋)は、栃木県足利市月谷町の巖華園の東辺に建つ明治中期の馬屋を接客室に改めた木造平屋で、平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録された。

好時亭(旧外蔵)の北の妻にある蔵前から北へ延びる建物で、桁行5間半、梁間1間半と細長い。棟は南北に通り、屋根は切妻造の桟瓦葺。外壁は真壁の白漆喰塗で、腰を押縁(おしぶち)で押さえた下見板張とし、東面には高窓を開ける。建築面積は57平方メートルである。

名称は、第二次世界大戦後に発足した社交倶楽部「巖華園倶楽部」と同じである。足利市は、巖華園が戦後この倶楽部として再出発し、のちに旅荘となったと説明している。

巖華園倶楽部が登録された理由

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。巖華園倶楽部の建物は、南で好時亭に、東側の塀を介して表門につながり、敷地の東の縁を形づくる列の一部になっている。門から土蔵、馬屋へと続く一列が揃って残っていることが、屋敷の外構えを読むうえで大きい。

内部は小屋組をそのまま見せた土間床の接客室である。馬を入れていた建物は床を張らない土間が普通で、天井も張らないことが多い。文化庁の解説が記す現在の姿は、馬屋のつくりの土台をそのまま生かし、人をもてなす部屋に転じたものと読める。梁間1間半という幅の狭さは、馬屋として建てられた当初の規模をそのまま伝えている。

巖華園倶楽部の見どころ

見上げる小屋組

巖華園倶楽部の中に入ったら、まず天井のない頭上を見上げたい。垂木と梁、屋根を支える小屋組の材がそのまま見え、細長い平屋の奥行きが強調される。

東面の高窓

東面には、目の高さよりずっと上に窓が開いている。塀沿いに建つ建物で、高い位置から室内に光を取り込む。外から見ると、白漆喰の壁の上部に窓が並ぶ独特の立面になる。

押縁下見板の腰

外壁の下半分は、横に張った板を縦の押縁で押さえた下見板張である。真壁の柱と白壁、黒っぽい板の腰という取り合わせは、隣の表門や脇塀とも揃っている。

巖華園倶楽部の見学方法

巖華園倶楽部は接客室として使われている。会食や宿泊の際に中へ入れるか、見学だけで入れるかは、事前に電話で宿に確認したい。

外観は表門を入って左手、塀に沿った位置にある。南端の好時亭との接続部と、東面の高窓は塀の内側から見える。撮影は宿に確認してから行いたい。

Q&A

Q巖華園倶楽部(旧馬屋)はいつの建物ですか?
A文化庁の登録では明治中期の建物です。平成17年(2005年)に国の登録有形文化財に登録されました。
Q巖華園倶楽部という名前はどこから来ていますか?
A第二次世界大戦後、巖華園が社交倶楽部「巖華園倶楽部」として再出発したことに由来します。建物自体はもとは馬屋でした。
Q巖華園倶楽部の内部はどうなっていますか?
A小屋組を見せた土間床の接客室になっています。天井を張らず、屋根裏の材がそのまま見えます。
Q巖華園倶楽部はどのくらいの大きさですか?
A桁行5間半、梁間1間半の細長い木造平屋で、建築面積は57平方メートルです。
Q巖華園倶楽部の中に入れますか?
A接客室として使われています。会食・宿泊の際や見学のみで入れるかは、事前に電話で確認してください。

基本情報

名称巖華園倶楽部(旧馬屋)(がんかえんくらぶ)
所在地栃木県足利市月谷町8
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成17年(2005年)登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積57平方メートル
所有者個人(中島家)
公開状況接客室として使用中。見学の可否は事前に電話で確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「巖華園倶楽部(旧馬屋)」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004519
文化遺産オンライン「巖華園倶楽部(旧馬屋)」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/195519
足利市「巖華園 主屋・蔵・新蔵・好時亭(旧外蔵)・巖華園倶楽部(旧馬屋)・ゲストハウス(旧書院)・表門」
https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/education/000029/000169/000627/p000814.html
巖華園 公式サイト「館内施設紹介」
https://gankaen.com/instit.html

最終更新日: 2026.09.25