鎌村家住宅西土塀とは

鎌村家住宅西土塀は、徳島県美馬市美馬町字坊僧にある江戸時代末期の瓦葺の土塀で、平成19年(2007年)12月5日に登録有形文化財に登録された。

便所の西方にあり、屋敷地の西端を区切っている。蔵の南の妻面から南へ延び、延長は14メートルある。

登録の理由と価値

鎌村家住宅西土塀は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録された。登録番号は36-0069で、9件の最後にあたる。

文化庁の解説によれば、塀の基底の幅は0.5メートル、総高は1.5メートルで、頂部を桟瓦葺としている。土を固めた塀の上に瓦を載せて雨から守る、土塀の基本的な作りである。

この塀は、屋敷の変遷を読む手がかりにもなる。南端はかつて、いまは取り壊された土蔵に達していた。北端も、もとは現在の蔵の前身にあたる建物に取り付いていたと推定されている。塀そのものは江戸末期のもので、両端に取り付いていた建物のほうが入れ替わったり失われたりしたことになる。

美馬市の説明によれば、屋敷地はもとは土塀で囲まれていたようで、蔵の南側にいまも土塀の一部が残る。西土塀は、その囲いの名残として屋敷の西の境界を示している。

見どころ ― 蔵から延びる境界線

鎌村家住宅西土塀を見るなら、北端の蔵との取り付きから歩き始めたい。明治24年(1891年)の蔵の南妻に、江戸末期の塀が接している。年代の違う2つの構造物が一つの線につながる場所である。

高さ1.5メートルの塀は、大人の胸から肩ほどの高さになる。外からの視線をさえぎりつつ、屋敷の中からは向こうの景色が見通せる、境界の目印としての高さといえる。

南へたどると、塀は途中で終わる。その先にかつて土蔵があったことを、解説の記述が教えてくれる。いまは建物のない塀の南端に立って、失われた蔵の位置を思い描いてみたい。

見学方法

鎌村家住宅西土塀は個人所有の屋敷の敷地の西端にあり、見学には所有者への事前申し込みが必要になる。

塀の東側、屋敷の内側からは、便所の西方で蔵との取り付きから南端までを通して見られる。土塀は風雨に弱いので、手を触れたり寄りかかったりしないようにしたい。撮影の可否は申し込みの際に確かめておくとよい。

Q&A

Q鎌村家住宅西土塀はいつ造られましたか?
A文化庁のデータベースでは江戸時代末期とされています。平成19年(2007年)12月5日に登録有形文化財に登録されました。
Q鎌村家住宅西土塀の長さと高さは?
A延長14メートル、基底の幅0.5メートル、総高1.5メートルです。頂部は桟瓦葺です。
Q鎌村家住宅西土塀はどこにありますか?
A便所の西方で、蔵の南の妻面から南へ延び、屋敷地の西端を区切っています。
Q鎌村家住宅西土塀の両端には何がありましたか?
A南端は取り壊された土蔵に達していました。北端も、もとは現在の蔵の前身の建物に取り付いていたと推定されています。
Q鎌村家住宅西土塀は見学できますか?
A個人所有の屋敷の敷地内にあるため、見学は所有者への事前申し込みが必要です。

基本情報

名称鎌村家住宅西土塀
所在地徳島県美馬市美馬町字坊僧231
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成19年(2007年)12月5日登録
員数1棟(データベースの員数表記による)
寸法延長14メートル、基底幅0.5メートル、総高1.5メートル
所有者個人
公開状況個人所有の住宅。見学は所有者への事前申し込みによる(2019年の紹介記事による)

参考文献

鎌村家住宅西土塀(国指定文化財等データベース/文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006734
鎌村家住宅西土塀(文化遺産オンライン)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/119807
鎌村家住宅〔国登録有形文化財〕(美馬市観光サイト)
https://www.city.mima.lg.jp/kanko/map/list/4052.html
龍馬のおまるや布団が現存!徳島・鎌村家住宅と金毘羅参詣道(ORICON NEWS、2019年1月)
https://www.oricon.co.jp/article/662430/

最終更新日: 2026.09.25