旧横浜正金銀行本店本館 ― 緑青のドームが見守る、横浜のネオ・バロックの傑作

横浜の歴史的な馬車道地区の中心に堂々とそびえる旧横浜正金銀行本店本館は、明治時代の洋風建築を代表する傑作のひとつです。「エースのドーム」の愛称で親しまれる八角形の銅板ドームを頂くこの建物は、1904年の竣工以来、横浜の港町の景観を形づくってきました。現在は神奈川県立歴史博物館として活用されており、訪れる人々はその堂々たる建築美と、館内に収められた豊かな歴史資料の双方を楽しむことができます。

1969年(昭和44年)に国の重要文化財に、1995年(平成7年)には国の史跡に指定されたこの建物は、日本の急速な近代化、関東大震災や横浜大空襲という幾多の試練を乗り越えた強靭さ、そして世界経済の舞台に進出しようとした若き国家の野心を、今に伝える貴重な存在です。

世界に挑んだ銀行の物語

この建物の意義を理解するには、まずかつてここに本拠を構えていた横浜正金銀行という機関について知る必要があります。横浜正金銀行は1880年(明治13年)、開国から間もない日本が新しい国際貿易の現実に直面していた時代に創立されました。1859年の横浜開港以来、貿易や為替取引は外国商人が主導しており、日本側の経済的不利は深刻でした。

銀行名にある「正金」とは現金、すなわち実際の貨幣を意味します。その名の通り、本銀行は国際取引を現金で決済することにより、外国銀行への依存と日本側の不利益を軽減することを目的として設立されました。政府の手厚い保護のもとで成長を遂げ、大正時代には香港上海銀行、ドイツ銀行と並ぶ世界三大為替銀行のひとつに数えられるまでになりました。第二次世界大戦後はその業務が東京銀行に引き継がれ、現在は三菱UFJ銀行の前身のひとつとなっています。

設計者・妻木頼黄とその傑作

本館の設計を任されたのは、明治建築界を代表する建築家・妻木頼黄(つまきよりなか、1859–1916)でした。赤坂の旗本の家に生まれた妻木は、若くしてアメリカに渡り、コーネル大学で建築を学んだのち、ドイツでもさらに研鑽を積みました。この国際的な学びにより、彼はヨーロッパの諸様式に精通すると同時に、地震国日本で必要とされる構造工学への深い理解も身につけました。

大蔵省の臨時建築部長として数多くの官庁建築を手がけた妻木にとって、横浜正金銀行本店は現存する代表作とも言える存在です。現場監督は、のちに旧三井物産横浜支店や旧横浜生糸検査所を手がけることになる遠藤於菟(えんどうおと)が務めました。

妻木は本館をネオ・バロック様式で構想し、ヨーロッパの壮麗な伝統を踏まえながら、近代化を進める日本の威信と志を象徴する建築として表現しました。1900年(明治33年)に着工し、約4年半の歳月を経て、1904年(明治37年)7月に完成しています。

なぜ文化財に指定されたのか

旧横浜正金銀行本店本館は、それぞれ異なる側面の価値を評価する複数の指定を受けています。

1969年の重要文化財指定は、明治後期の洋風建築の代表作としての価値を認めたものです。文化庁は外観の保存状態の良さと、意匠の優秀さを評価しています。1923年の関東大震災と1945年の横浜大空襲という二度の大きな災害を乗り越えて現存する大規模な明治期銀行建築は数少なく、本館は日本建築史上の重要な転換期を伝えるかけがえのない存在となっています。

1995年には、その敷地が国の史跡に指定されました。注目すべきは、この指定が広島の原爆ドームと同時に行われたことです。両者は近代の建造物としては初めて国の史跡に指定された事例であり、戦前の国際貿易・金融分野で本館が果たした重要な役割が評価されたことを意味します。さらに2007年(平成19年)には、経済産業省により近代化産業遺産にも認定されています。

建築の見どころ

本館の外観はネオ・バロック様式の教科書のような構成で、各要素が一体となって威厳と恒久性、そして洗練された美意識を表現しています。

「エースのドーム」と横浜三塔

本館の最も象徴的な要素は、中央の塔屋を飾る八角形の銅板ドームです。緑青の美しい色合いを帯びたドームは、ドーム頂までの高さ約35.7メートルに達し、長らく横浜港の港湾風景を象徴してきました。神奈川県立歴史博物館では、このドームに「エースのドーム」という愛称をつけています。これは横浜のもう三つのランドマーク ― 神奈川県庁本庁舎の「キングの塔」、横浜税関本関の「クイーンの塔」、横浜市開港記念会館の「ジャックの塔」 ― から成る「横浜三塔」に倣ったものです。これらの愛称は、横浜港に入港する外国の船員たちが目印としてこれらの塔を呼び慣わしたことに由来すると伝えられています。

大オーダーの円柱

正面ファサードは、二層分を貫く巨大な角型柱、いわゆる「大オーダー」によって力強くリズムを刻まれています。柱頭には精緻なコリント式の彫刻が施され、深く彫り込まれた装飾は時間とともに変化する陽光を受けて、石材に陰影豊かな表情を生み出します。

ルスティカ積みと装飾的な彫刻

地下階および低層部の外壁には、粗く仕上げた石材を積む「ルスティカ積み」が施され、建物全体に重厚で堅固な基盤の表情を与えています。一方、その上層部には滑らかに整えられた石材が用いられ、ペディメント(破風)には花綱や古典的な装飾彫刻が豊かに刻まれています。粗さと繊細さの対比が、近づくほどに発見の多い、層の重なりに富む彫塑的な表情を生み出しています。

壁の中に隠された技術

優美な石造の外観の内側には、当時としては極めて先進的な構造システムが隠されています。壁体は鉄材を埋め込んで耐震補強された煉瓦造であり、初期の耐震建築の一例といえます。この先見的な設計の真価は、1923年の関東大震災で証明されました。横浜の煉瓦造建築が次々と倒壊するなか、本館は地震後の火災で内部とドームを焼失したものの、構造体そのものは持ちこたえました。焼失したドームは、博物館への転用にあたって忠実に復元され、街のスカイラインを形づくっていたシルエットが見事に取り戻されています。

創建時の正面玄関広間

内部で重要文化財の指定範囲に含まれているのは、正面玄関広間のみです。高い天井と大理石の表面、古典的な装飾が織りなすこの空間は、1世紀以上前に銀行の顧客を迎えていた荘重な雰囲気を、訪れる人々に直接体感させてくれます。この区域では写真撮影も自由にできます。

博物館としての現在

本館は1967年(昭和42年)以来、神奈川県立歴史博物館(前身は神奈川県立博物館)として活用されており、1995年には大規模な改修整備が完了しました。館内には、先史時代から近現代に至るまで神奈川の歩みをたどる充実した常設展示が展開されており、その中には東京銀行から提供された資料に基づく横浜正金銀行関連の展示も含まれています。

開館時間は午前9時30分から午後5時まで(最終入館は午後4時30分)で、月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、年末年始、資料整理日は休館となります。常設展は手頃な料金で観覧でき、特別展は別料金です。最新の展示情報や開館スケジュールについては、訪問前に博物館公式サイトでご確認ください。

馬車道周辺の見どころ

本館は横浜のなかでも歴史情緒漂う一帯の中心に位置し、街角の至るところで発見があります。

  • 馬車道は明治初期に馬車が行き交ったことに由来する通りで、ガス灯や煉瓦舗装が往時を偲ばせ、カフェやギャラリー、修復された歴史的建造物が軒を連ねています。
  • 横浜市開港記念会館(ジャックの塔)と神奈川県庁本庁舎(キングの塔)はいずれも徒歩圏内にあり、横浜三塔をひと巡りすることが半日でじゅうぶん可能です。
  • 近代的な高層ビル群が広がるみなとみらい21地区、赤レンガ倉庫、帆船日本丸なども、すぐ近くにあります。
  • 山下公園、大さん橋国際客船ターミナル、世界有数の規模を誇る横浜中華街も、徒歩または短い電車移動で訪れることができます。

Q&A

Q旧横浜正金銀行本店本館へのアクセス方法を教えてください。
A最も便利なのは、みなとみらい線の馬車道駅です。5番出口から徒歩約1分で到着します。JRや横浜市営地下鉄ブルーラインの関内駅、JRや市営地下鉄の桜木町駅からはそれぞれ徒歩約6分です。施設内の見学者用駐車場はありませんが、半径数百メートル以内に時間貸し駐車場が複数あります。
Q建物内に入ることはできますか。
A神奈川県立歴史博物館として一般公開されており、自由に見学できます。常設展のチケットで館内の展示と、重要文化財の指定範囲となっている正面玄関広間を観覧することができます。建物の外観は周囲の道路から自由にご覧いただけます。
Qなぜドームは「エースのドーム」と呼ばれているのですか。
Aこの愛称は、横浜の建築をめぐる愛すべき伝統に基づいています。横浜には他にも「キングの塔」「クイーンの塔」「ジャックの塔」と呼ばれる三つのランドマークがあり、いずれもトランプの絵札になぞらえた呼び名です。本館のドームに名前をつけるにあたり、トランプの組を完成させる「エース」が選ばれました。これらの愛称は、横浜港に入港する外国の船員たちがこれらの塔を視認の目印として呼び始めたのが始まりだと言われています。
Q関東大震災の際、なぜこの建物は倒壊しなかったのですか。
A設計者の妻木頼黄が、煉瓦壁の中に鉄材を埋め込む耐震補強を施していたためです。これは1900年代初頭としては画期的な耐震技術でした。1923年の関東大震災では、横浜市内の煉瓦造建築の多くが完全に倒壊したのに対し、本館は地震後の火災でドームと内部を焼失したものの、主要構造体は持ちこたえました。焼失したドームは1960年代に忠実に復元されています。
Q周辺で1日かけて巡れる歴史スポットには何がありますか。
A徒歩圏内には、横浜市開港記念会館(ジャックの塔)、神奈川県庁本庁舎(キングの塔)、横浜税関本関(クイーンの塔)、赤レンガ倉庫、山下公園、帆船日本丸、横浜中華街などがあります。馬車道のカフェで一息入れたり、中華街で食事を楽しんだりしながら、ゆったりと建築巡りをするのがおすすめです。

基本情報

名称 旧横浜正金銀行本店本館(きゅうよこはましょうきんぎんこうほんてんほんかん)
所在地 神奈川県横浜市中区南仲通五丁目60番地
設計 妻木頼黄(現場監督:遠藤於菟)
工期 1900年(明治33年)着工 / 1904年(明治37年)7月竣工
建築様式 ネオ・バロック様式
構造 鉄材補強煉瓦及び石造、地上3階・地下1階建、正面中央に八角塔屋付ドーム
建築面積 1,998.3平方メートル(延床面積 約7,972平方メートル)
軒高 ドーム含み35.7メートル
文化財指定 国指定重要文化財(1969年〔昭和44年〕3月12日指定)/国史跡(1995年〔平成7年〕6月27日指定)/近代化産業遺産(経済産業省、2007年)
所有者 神奈川県
現在の用途 神奈川県立歴史博物館
最寄り駅 みなとみらい線・馬車道駅 5番出口より徒歩約1分

参考文献

文化遺産オンライン「旧横浜正金銀行本店本館」(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/121597
文化遺産オンライン「旧横浜正金銀行本店」(史跡)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/171835
建物のご紹介|神奈川県立歴史博物館
https://ch.kanagawa-museum.jp/cultural-properties/building
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/587
歴史的建造物アーカイブ「旧横浜正金銀行本店本館」(THE YOKOHAMA STANDARD)
http://theyokohamastandard.jp/article-208/

最終更新日: 2026.05.06