洋館 ― 吉川英治が書斎とした離れ
草思堂の座敷の奥に、母屋とはあえて様式を違えた平屋の小さな建物が建つ。明治後期、おおよそ1898年から1912年の間に建てられた洋館で、作家の吉川英治はここの一室を書斎とし、読み書きにこもった。建築面積はおよそ50平方メートル。寄棟造に桟瓦を葺き、軒にはブラケットがめぐらされている。
洋館は屋敷の奥手に位置し、母屋の続き間からは少し歩く。敷地全体が一つの様式で統一されていると思って訪れる人ほど、ここで足を止める。和の養蚕民家と端正な洋風の建物が一区画に同居し、不思議とよくなじんでいるからだ。
洋館が登録された理由
文化庁は令和5年(2023年)2月27日、この洋館を登録有形文化財(建造物)に登録した。登録番号は13-0480、登録基準は「造形の規範となっているもの」である。主屋・長屋門・土蔵とともに、「旧吉川英治邸(草思堂)」として一括で登録された。
ありふれた離れと一線を画すのは、組み立てに払われた手間である。建築資材は各地から集められた。正面のテラスには瀬戸本業タイルが敷かれ、基礎には栃木で採れる大谷石が用いられている。どこから来た材かを意識して選び抜かれた、小さいながらも見ごたえのある一棟である。道から眺めるだけでは惜しい。
見どころ
洋館の中心は書斎である。上下窓から机に光が差し込み、一方の壁には床構え風のアルコーブが設けられている。和の要素を洋室に取り込んだ造作だ。書斎に続いて板間と納戸が開き、書き手の仕事場としての実用が補われている。
正面に出ると、タイル敷のテラスから庭の方角がよく見える。母屋で来客が待つあいだ、吉川が世帯から距離を置きたいときに選んだのがこの部屋だった。中に立つと、実際に筆を執る場所を作家がいかに意図的に整えたかが感じ取れる。
Q&A
- 洋館は何に使われましたか。
- 吉川英治はこの洋館の一室を書斎として使いました。草思堂に暮らした時期、母屋から離れた静かな仕事場でした。
- なぜ母屋と見た目が違うのですか。
- 建築年代が新しく、明治後期の洋風建築だからです。寄棟桟瓦葺の屋根、軒のブラケット、瀬戸本業タイルを敷いた正面テラスが特徴です。
- どんな資材が使われていますか。
- 各地の材が組み合わされています。テラスの瀬戸本業タイル、基礎の大谷石などがあり、小さな建物ながら構成が多彩です。
- 書斎は見学できますか。
- 洋館は青梅市吉川英治記念館の一部です。各室の公開範囲は変わることがあるため、来館前に最新の見学方法を確認することをおすすめします。
- 行き方を教えてください。
- JR青梅線・二俣尾駅から徒歩約15分です。青梅駅からは吉野行き都営バスで「柚木」下車、徒歩すぐです。
基本情報
| 名称 | 旧吉川英治邸(草思堂)洋館 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都青梅市柚木町一丁目101-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 13-0480 |
| 登録年月日 | 令和5年(2023年)2月27日/登録基準:造形の規範となっているもの |
| 年代 | 明治後期(1898〜1912年頃) |
| 構造 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積約50平方メートル |
| 員数 | 1棟 |
| 所有者 | 青梅市 |
| アクセス | JR青梅線・二俣尾駅から徒歩約15分。青梅駅から吉野行き都営バス「柚木」下車すぐ |
| 公開状況 | 青梅市吉川英治記念館として公開(月曜休館。各室の見学可否は事前確認を推奨) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧吉川英治邸(草思堂)洋館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014464
- 青梅市吉川英治記念館 公式サイト
- https://ome-yoshikawaeiji.net/
- 青梅市公式ホームページ 青梅市吉川英治記念館
- https://www.city.ome.tokyo.jp/site/provincial-history-museum/24522.html
最終更新日: 2026.06.25