土蔵 ― 弘化4年(1847年)の「風門之倉庫」

草思堂の敷地でもっとも古い建物は、もっとも小さな建物でもある。厚い塗壁の土蔵で、棟札には弘化4年、すなわち1847年の年号が記される。のちにこの屋敷に集う作家や編集者が現れるよりはるか前の建築だ。建築面積は約32平方メートル。切妻造の桟瓦葺置屋根を載せた土蔵造2階建で、頂部には鉢巻がめぐる。

この種の土蔵は、農家の貴重品を火と湿気から守るために築かれた、いわば家の金庫だった。草思堂では屋敷の南東隅、すなわち巽の方角に置かれている。そのため「巽蔵」と呼ばれてきた。

土蔵が登録された理由

文化庁は令和5年(2023年)2月27日、この土蔵を登録有形文化財(建造物)に登録した。登録番号は13-0481、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。主屋・洋館・長屋門とともに、「旧吉川英治邸(草思堂)」として一括で登録された。

価値は、その完成度の高さにある。戸前には掛子塗の観音扉が残り、奥行一間(約1.8メートル)の庇がこれを覆う。内部は各階とも板敷で、内壁も板張、小屋組は束立の簡素な構成である。土蔵は主屋ほど残りにくく、これほど整った一棟は、屋敷一式の姿を見るうえで欠かせない。

読み解きたいひとつのしるし

内部の棟札は、この建物に固有の名を与えている。「風門之倉庫」である。棟札は建築の際に年号や趣意を記して納めるもので、この一枚が土蔵を1847年という時点に結びつけている。屋敷のほかの建物にはない古さだ。

南東の隅に立つと、土蔵は配置全体の要として読める。戸前の深い庇、掛子塗の扉、頂部の鉢巻は、屋敷が作家の住まいとなるより一世紀半以上前に、丁寧に仕事をした造り手の手跡である。

Q&A

Q土蔵はいつのものですか。
A棟札に弘化4年(1847年)の年号が記され、草思堂の登録四棟のなかで数十年さかのぼる最古の建物です。
Q「巽蔵」とはどういう意味ですか。
A巽は南東の方角を指す古い言い方です。この土蔵が屋敷の南東隅に建つことから、巽蔵と呼ばれています。
Q棟札には何と書かれていますか。
A「風門之倉庫」と記され、1847年の建築であることがわかります。
Q中には何を納めていましたか。
A養蚕農家の土蔵として、厚い塗壁と掛子塗の扉の内側で、家の貴重品を火と湿気から守りました。
Q行き方を教えてください。
A土蔵は青梅市吉川英治記念館の敷地内にあります。二俣尾駅から徒歩約15分、または「柚木」バス停から徒歩すぐです。

基本情報

名称旧吉川英治邸(草思堂)土蔵
所在地東京都青梅市柚木町一丁目101-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 13-0481
登録年月日令和5年(2023年)2月27日/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの
年代江戸時代・弘化4年(1847年)
構造土蔵造2階建、瓦葺、建築面積約32平方メートル
員数1棟
所有者青梅市
アクセスJR青梅線・二俣尾駅から徒歩約15分。青梅駅から吉野行き都営バス「柚木」下車すぐ
公開状況青梅市吉川英治記念館の敷地内に所在(月曜休館。内部公開の可否は事前確認を推奨)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)旧吉川英治邸(草思堂)土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014465
青梅市吉川英治記念館 公式サイト
https://ome-yoshikawaeiji.net/
青梅市公式ホームページ 青梅市吉川英治記念館
https://www.city.ome.tokyo.jp/site/provincial-history-museum/24522.html

最終更新日: 2026.06.25