市田家住宅表門 ― 間口2メートルが決める、上野桜木の通りの表情

間口は2.0メートル。その奥には建築面積111平方メートルの主屋があり、煉瓦の蔵があり、庭がある。だが歩道からはどれも見えない。通りに向けて差し出されているのは、桟瓦を葺いた切妻の屋根、腕木、そして脇に伸びる袖塀。それに、門と道路のあいだのわずかな余白である。この門は、敷地境界から意図的に後退させて建てられている。

形式は腕木門。2本の柱から腕木を持ち出し、その上に屋根を載せる。豪壮さを求めず、しかし品位を保ちたい住宅の入口に、全国で広く用いられてきた形である。瓦屋根を架けられる門としては、最も簡素な部類に入る。屋根は切妻造、桟瓦葺。主屋玄関の南に、東西棟で建つ。

開口部の上、小壁を見上げてほしい。横長の連子窓が嵌め込まれている。細い縦桟を並べただけの窓で、光と風を通すほかに用はない。この規模の門にそれが付いているという事実は、施主が何を惜しまなかったかを、かなり正確に語っている。

面取り、黒漆喰、そして後退

文化庁の解説文は、この門の仕事ぶりを「丁寧なつくり」と評する。その根拠として挙げられているのが、面取りである。柱・腕木・垂木に、それぞれ面が取ってある。面取りとは、角材の稜線を数ミリ削り落とす加工にすぎない。誰も必要としない。輪郭がやわらぎ、削られた面に細い光の筋が走る。そして、部材ひとつごとに大工の手間がかかる。間口2メートルの門にそれを施すというのは、入口にどれだけの価値を認めるかという判断である。

正面の構図をまとめているのは、むしろ袖塀のほうかもしれない。上部は黒漆喰塗。艶のある黒い塗り壁は、施工にも維持にも手がかかる仕上げである。腰から下は縦板張とし、上には板葺の屋根を載せる。上が黒、下が木、隣が瓦。

後退も、門そのものと同じくらい効いている。南面の道路にぴたりと接するのではなく、やや引いて建つ。通行人には構えを一望する距離が生まれ、住まいの側には道が始まる前の余白が残る。解説文はこの表構えを「瀟洒」と呼んだ。費用をかけて達成された、控えめさである。

建物としてではなく、景観として登録された

この門を主屋から区別する点が、ひとつある。登録有形文化財には三つの登録基準があり、いずれかが適用される。主屋と蔵は第一号の「造形の規範となっているもの」で登録された。表門はそうではない。適用されたのは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

格が落ちるという話ではない。この門が何のためにあるのかを述べたものだ。文化庁はこれを門の設計の見本として登録したのではない。上野桜木という通りに対して、この門が果たしている働きを評価した。江戸期には寛永寺の子院が並び、明治中頃から分譲が始まり、美術学校の周辺に芸術家や文化人が住み着いた土地である。その通りの、残った断片のひとつがこの門だという判断が、基準の選択に表れている。

なお、データベース内にわずかな食い違いがある。構造欄は間口を2.0メートルと記すが、解説文は「間口1間」(約1.8メートル)とする。数値は近く、計測位置の違いによる差と考えられるが、参照の際はご留意いただきたい。

登録年月日は平成17年12月26日、告示は翌27日。登録番号13-0193、第48回の登録である。屋敷内の他のほとんどと違って、この門はいつでも、道路から、無料で見ることができる。奥の主屋は平成13年以降NPO法人たいとう歴史都市研究会が借り受ける私有の住宅で、内部が開かれるのは催しの日に限られる。門は、そうした許しを求めない。

Q&A

Q腕木門とはどのような門ですか。
A柱から腕木と呼ばれる横木を持ち出し、その上に屋根の軒を受ける形式の門です。住宅の入口に広く用いられた比較的簡素な形式で、大きな門のような重い軸組を必要とせずに瓦屋根を架けることができます。
Q予約なしで見られますか。
A見られます。表門と袖塀は敷地南側の道路に面しており、いつでも公道から外観を眺められます。奥の主屋は私有の住宅で、内部は催事の際を除いて公開されていません。
Q主屋と登録基準が違うのはなぜですか。
A評価された理由が異なるためです。主屋と蔵は「造形の規範となっているもの」として登録されました。表門と裏門は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。単独の造形としてよりも、通りの性格をつくる役割が評価されたことを示しています。
Q黒漆喰とは何ですか。
A顔料を加えた漆喰を塗り、磨いて艶のある黒に仕上げた塗り壁です。施工にも維持にも技術と手間を要するため、屋敷のなかでも人目に触れる面に用いられる傾向があります。ここでは袖塀の上部を覆っています。
Qいつ建てられたものですか。
A明治40年頃(1907年頃)、日本橋の布問屋・初代市田善兵衛が建てた主屋とほぼ同時期のものです。主屋・蔵・表門・裏門の4棟は、平成17年12月26日に同時に登録されています。

基本データ

名称市田家住宅表門(いちだけじゅうたくおもてもん)
所在地東京都台東区上野桜木一丁目26
種別登録有形文化財(建造物)/住宅・その他工作物
登録番号13-0193(第48回登録)
登録年月日平成17年12月26日(告示 平成17年12月27日)
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
年代明治40年頃(1907年頃)
構造及び形式木造、瓦葺、間口2.0メートル、袖塀付
詳細切妻造、桟瓦葺の腕木門。上部の小壁に横長の連子窓を嵌め込む。柱・腕木・垂木等に面を取る。南面道路からやや後退して建つ。袖塀は上部黒漆喰塗、腰縦板張、板葺
備考解説文は間口を「1間」(約1.8メートル)と記し、構造欄の2.0メートルとわずかに異なる
所有市田家(個人)/NPO法人たいとう歴史都市研究会が借り受けて管理
公開状況外観は公道から常時見学可能

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)市田家住宅表門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005110
国指定文化財等データベース(文化庁)市田家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005108
たいとう歴史都市研究会 市田邸
https://taireki.com/ichidatei/
たいとう歴史都市研究会 市田邸について
https://taireki.com/ichidatei2/

最終更新日: 2026.07.15