天平2年創建と伝わる江戸総鎮守
神田神社は、東京都千代田区外神田にある神社で、天平2年(730年)の創建と伝わり、昭和9年(1934年)に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建された社殿群のうち8件が、平成15年(2003年)9月19日に国の登録有形文化財に登録された。一般には「神田明神」の名で知られ、神田神社という正式名称は明治時代に改められたものである。
祭神は3柱で、一之宮に大己貴命(だいこく様)、二之宮に少彦名命(えびす様)、三之宮に平将門命を祀る。神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内をはじめとする108町会の氏神とされている。
社伝では、出雲氏族の真神田臣が武蔵国豊島郡芝崎村、いまの千代田区大手町の将門塚のあたりに社を開いたのが始まりとされる。延慶2年(1309年)には、時宗の遊行僧・真教上人が平将門の御霊を慰め、この社にあわせて祀った。
慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いに向かう徳川家康のために戦勝の祈祷が行われたと神社は伝えている。江戸に幕府が開かれると、元和2年(1616年)に江戸城の表鬼門にあたる現在地へ移され、幕府の手で社殿が造営された。以後は「江戸総鎮守」として、将軍家から町人まで広く崇敬を集めた。明治7年(1874年)には明治天皇が参拝している。
関東大震災と昭和9年のコンクリート社殿
江戸時代の神田神社の社殿は、天明2年(1782年)に幕府が造営した木造の権現造で、全体を朱の漆で塗っていた。この社殿は大正12年(1923年)の関東大震災で焼失する。
氏子や崇敬者のあいだでは早くから復興が計画され、昭和9年(1934年)、鉄骨鉄筋コンクリート造・総朱漆塗の新しい社殿が完成した。文化庁の解説によると、顧問を伊東忠太が務め、設計には大江新太郎と佐藤功一があたった。本殿・幣殿・拝殿を一列に連ね、その左右に神饌所と宝庫を重ねるように配した構成は、昭和初期の神社建築として新しい形式だったと神社は説明している。
コンクリートで造りながら木造の社殿に見せるための工夫も、神田明神の案内に記されている。小屋組を鉄骨にして屋根の荷重を軽くし、柱間を少し狭めて木造建築の姿に近づけたという。
昭和20年(1945年)の東京大空襲で境内の建物の多くは焼けたが、耐火構造の社殿はわずかな損傷で残った。その後、平成元年(1989年)に本殿の脇へ奥御殿が加えられ、平成6年から11年(1994年から1999年)にかけての「平成の御造替」で社殿全体が塗り替えられている。創建1300年に向けた記念事業にも、社殿や神門の塗り替えと、社殿の屋根下地の銅板葺き替えが計画として挙げられている。
登録有形文化財8件の配置と歩く順序
神田神社で登録有形文化財となっているのは、本殿・幣殿・拝殿・神饌所・宝庫・瑞垣・東門・西門の8件である。登録番号は13-0149から13-0156までの連番で、第38回の登録として同じ日に登録され、告示は平成15年(2003年)10月17日だった。神社は、この年が江戸開府400年にあたることを記念の年として挙げている。
配置の軸になるのは、境内の正面に建つ拝殿である。その奥(北)へ幣殿と本殿が一列に続き、3棟が屋根を連ねる。本殿の東には神饌所が、西には宝庫がほぼ左右対称に建ち、その2棟のあいだを瑞垣が折れ曲がりながら本殿を囲む。神饌所の南には東門が、宝庫の南には西門がつながり、両門から延びる玉垣が拝殿の側面まで達して、社殿の東西の面を閉じている。
建築面積は拝殿が335平方メートルで最も大きく、本殿が63平方メートル、幣殿が46平方メートル、神饌所が19平方メートル、宝庫が17平方メートルと続く。瑞垣は延長60メートル、東門と西門はどちらも間口1.8メートルで、延長14メートルの玉垣を伴う。建築年は7件が昭和9年(1934年)で、瑞垣だけが3年遅い昭和12年(1937年)である。
文化庁が当てた登録基準は2つに分かれる。本殿・幣殿・拝殿・神饌所・宝庫の5棟は「造形の規範となっているもの」、瑞垣と東西の門は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
歩くなら、正面の鳥居から隨神門をくぐり、まず拝殿の前に立つ。そこから右手(東)へ回ると神饌所と東門、瑞垣越しに本殿の屋根が見え、反対の左手(西)へ回ると宝庫と西門がほぼ鏡写しの配置で現れる。拝殿・幣殿・本殿の屋根が段になって連なる様子は、この東西の側面から眺めるとよく分かる。
神田祭と社殿
神田神社の祭礼でもっとも名高いのは、2年に一度、5月に斎行される神田祭である。祭神を遷した鳳輦と神輿が神田・日本橋の氏子町を巡る神幸祭と、町ごとの神輿が次々に境内へ入る神輿宮入が中心で、その期間の拝殿前は担ぎ手と見物の人でうまる。神幸祭に出る鳳輦と神輿は、境内の鳳輦神輿奉安殿に納められている。
神田神社への行き方と参拝
神田神社の最寄りは、JR中央線・総武線の御茶ノ水駅で、聖橋口から歩いて5分ほどである。JR山手線・京浜東北線の秋葉原駅からは電気街口を出て徒歩7分、東京メトロでは丸ノ内線の御茶ノ水駅、千代田線の新御茶ノ水駅、銀座線の末広町駅からそれぞれ徒歩5分、日比谷線の秋葉原駅から徒歩7分と神社は案内している。都バスの茶51系統を使うと、神田明神の停留所から徒歩1分で着く。
参拝者用の駐車場は数台分しかない。車で訪れる場合は、正面の鳥居をくぐって隨神門の右側にある脇門から入り、社殿の北側に停めるよう神社は案内している。
境内の参拝は無料である。神社のよくある質問では、正面のほか裏参道や男坂から入って参拝してもかまわないとしている。社殿の中に上がって祈祷を受ける昇殿参拝は、個人なら予約なしで当日、境内の文化交流館1階の受付で申し込める。
登録有形文化財の8件は、いずれも現在も祭祀に使われている建物である。ふだんの参拝では外観を境内から見る形になり、内部に上がれるのは昇殿参拝の際の拝殿に限られる。棟ごとの見どころと見学の条件は、各棟のページにまとめた。
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社本殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003518
- 国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社幣殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003519
- 国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社拝殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003520
- 国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社神饌所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003521
- 国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社宝庫
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003522
- 国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社瑞垣
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003523
- 国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社東門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003524
- 国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社西門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003525
- 神田明神:神田明神とは(御祭神・歴史)
- https://www.kandamyoujin.or.jp/profile/
- 神田明神:境内図(御社殿ほか)
- https://www.kandamyoujin.or.jp/keidai/
- 神田明神:アクセス
- https://www.kandamyoujin.or.jp/access/
- 神田明神:よくある質問
- https://www.kandamyoujin.or.jp/faq/
- 神田明神:文化交流館のお知らせ(創建千三百年奉祝記念事業)
- https://www.kandamyoujin.or.jp/bunka/detail/?id=63
- 千代田区観光協会 Visit Chiyoda:神田祭の楽しみ方ガイド
- https://visit-chiyoda.tokyo/kandamatsuri/
最終更新日: 2026.09.29
基本情報
| 名称 | 神田神社 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都千代田区外神田2-16-2 |
| 所有者 | 宗教法人神田神社 |
| 指定 | 登録有形文化財 8件 |
| 座標 | 35.70205, 139.76794 |