本殿の西に建つ校倉形式の神田神社宝庫

神田神社宝庫は、東京都千代田区外神田の神田神社(神田明神)で本殿の西に建つ昭和9年(1934年)の鉄骨鉄筋コンクリート造平屋建の倉で、平成15年(2003年)9月19日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「かんだじんじゃほうこ」、建築面積は17平方メートルで、同時に登録された社殿のなかで最も小さい。

本殿を挟んだ反対側、東には神饌所があり、神田神社宝庫はそれとほぼ左右対称の位置を占める。拝殿から見て左奥、神饌所と対になる小さな建物である。

神田神社宝庫が登録された理由

神田神社宝庫の登録番号は13-0153で、文化庁が当てた登録基準は「造形の規範となっているもの」である。解説は、伝統的な形式を基本としながら、要所に特徴のある新しい造形を見せていると評価する。

形式は床を高く上げた高床の校倉である。校倉は断面が三角形に近い木材を井桁に積み上げて壁とする倉の形式で、奈良時代以来、社寺の宝物を納める建物に使われてきた。神田神社宝庫はその姿をコンクリートの構造で写している。

軸部の上には台輪を回し、その上に大斗と舟肘木を載せて、垂木を2段に重ねた二軒繁垂木の軒を受ける。屋根は入母屋造の本瓦型銅板葺で、ほかの社殿とそろえてある。

文化庁が「新造形」の例として挙げるのが、校倉の最下部を肘木で受ける納まりである。一般的な校倉では床の上に校木をそのまま積み始めるが、ここでは壁のいちばん下の段を持ち送りの肘木で支え、高床と校倉の境目を装飾的に見せている。

神田神社宝庫の見どころ

神田神社宝庫を見るなら、まず高床と壁の境目に目を向けたい。校倉の最下段の下に肘木が並び、壁が床から浮き上がるように見える。解説がわざわざ取り上げた部分で、この建物の個性はここに集まっている。

次に壁面の校木の段を下から上へ数えていくと、台輪、大斗、舟肘木を経て繁垂木の軒へと続く。組物は大斗と舟肘木だけの簡素なものだが、二軒繁垂木の軒は本殿と同じ納まりである。

東側の神饌所と見比べるのも面白い。規模はほぼ同じで、どちらも入母屋の屋根を載せるが、壁のつくりはまったく違う。神饌所が主要社殿と同じ弁柄色塗の社殿の姿をとるのに対し、神田神社宝庫は倉の形式を選んでいる。建物の役目の違いが、そのまま外観に表れている。

神田神社宝庫の見学

神田神社宝庫は倉として使われる建物で、内部は公開されていない。外観は拝殿の西側(向かって左手)へ回ると、西門の奥に見える。神田明神に伝わる神宝の一部は、境内の資料館で展示されている。

撮影について神田神社宝庫に限った案内は見当たらない。境内への行き方と参拝の条件は神田神社のページにまとめてある。

Q&A

Q神田神社宝庫はどこにありますか?
A本殿の西側にあり、東側の神饌所とほぼ左右対称の位置に建っています。拝殿の西側(向かって左手)へ回ると、西門の奥に見えます。
Q神田神社宝庫はどのような形式の建物ですか?
A床を高く上げた高床の校倉形式で、屋根は入母屋造の本瓦型銅板葺です。構造は昭和9年(1934年)の鉄骨鉄筋コンクリート造で、建築面積は17平方メートルです。
Q神田神社宝庫のどこが新しい造形なのですか?
A文化庁の解説は、校倉の最下部を肘木で受ける納まりを特徴に挙げています。伝統的な校倉にはない手法で、高床と壁の境目に見ることができます。
Q神田神社宝庫の中は見学できますか?
A内部は公開されていません。神田明神に伝わる神宝の一部は、境内の資料館で見ることができます。
Q神田神社宝庫はいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成15年(2003年)9月19日に登録されました。登録番号は13-0153で、本殿・拝殿など神田神社の7件と同じ日の登録です。

基本情報

名称神田神社宝庫(かんだじんじゃほうこ)
所在地東京都千代田区外神田2-16-2
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号13-0153
指定年平成15年(2003年)9月19日登録
員数1棟
寸法鉄骨鉄筋コンクリート造平屋建、高床校倉形式、入母屋造、本瓦型銅板葺、建築面積17平方メートル
所有者宗教法人神田神社
公開状況外観のみ(境内の参拝は無料、内部は非公開)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):神田神社宝庫
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003522
文化遺産オンライン:神田神社宝庫
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/168832
神田明神:境内図(御社殿・資料館)
https://www.kandamyoujin.or.jp/keidai/

最終更新日: 2026.09.29