野間神社宝篋印塔 ― 鎌倉時代から続く愛媛・今治の名石塔を訪ねて
愛媛県今治市神宮、野間神社の本殿裏手の静かな木立の中に、ひっそりと立つ一基の花崗岩の石塔があります。野間神社宝篋印塔と呼ばれるこの石塔は、昭和29年(1954年)に国の重要文化財に指定された、鎌倉時代後期を代表する優れた石造美術品です。瀬戸内海を望む地に七百年もの間佇み続けてきたこの塔は、この地方独特の「越智式」と呼ばれる作風を伝える、愛媛県内屈指の名宝のひとつでもあります。観光地化されていない場所で本物の歴史と出会いたい旅人にとって、心に残る訪問先となるでしょう。
宝篋印塔とは何か
宝篋印塔(ほうきょういんとう)とは、本来「宝篋印陀羅尼経」という仏教の経典を納めるために造られた石塔の一種です。この経典には、その教えに従って供養すれば災いを避け、福徳を得られるという功徳が説かれており、塔そのものが信仰の対象でもあり、また亡き人の追善供養や生前の祈願のための記念碑としても広く造立されました。
宝篋印塔の典型的な姿は、下から基礎・塔身・笠・隅飾・相輪と呼ばれる部材を積み上げた形をしています。塔身には四方仏や種子(梵字)が刻まれることが多く、笠の四隅には花弁のように外側へ反り上がる隅飾突起がつくのが特徴です。これらの部材一つひとつには、密教的な宇宙観に基づく深い象徴的意味が込められています。
歴史的背景と造立の願い
野間神社宝篋印塔が造られたのは、鎌倉時代後期の元亨二年(1322年)のことです。塔身に刻まれた銘文には、この塔が造立されるに至った人間味あふれる物語が記されています。紀有春(き の ありはる)という人物が、妻である藤原氏の女性と共に、病が癒えること、そして長く生き延びることを願って、この塔を奉納したと伝えられています。さらに銘文には、その功徳が「法界平等利益」、すなわち世の中のすべての生きとし生けるものに等しく及ぶようにとの祈りも込められています。
こうした個人的で切実な祈りが刻まれていることが、この塔を単なる文化財から、中世の人々の信仰心と生活感情を直接伝える歴史的証言へと変えています。医療が限られていた時代、人々は仏に祈り、石塔を建立することで、希望や感謝、信仰心を表現しました。七百年前の祈りの言葉を今もなお読み取ることができるという事実が、この塔に独特の親密さを与えているのです。
もともとこの宝篋印塔は野間神社のすぐ下方の谷間に安置されていましたが、後に現在の本殿裏の地へと移されました。移設を経てもなお、その構造的な堅牢さと造形美はよく保たれています。
なぜ重要文化財に指定されたのか
昭和29年(1954年)3月20日、野間神社宝篋印塔は国の重要文化財に指定されました。その理由は大きく三つの点に求められます。
第一に、この塔は造立年代が明確な「紀年銘」を持つことです。塔身の銘文に元亨二年(1322年)という年号、そして造立した夫妻の名前まで明記されている例は決して多くありません。年代がはっきりしている文化財は、同時代の他の石造物の年代を推定する際の基準資料となり、美術史研究上きわめて重要な存在となります。
第二に、この塔は「越智式(おちしき)」と呼ばれる、地域色豊かな作風を伝えていることです。越智式とは、塔身の下に独特の繰形座(くりがたざ)を設けることを特徴とする様式で、伊予国旧越智郡(現在の愛媛県今治市周辺)から、瀬戸内海を渡って広島県尾道の浄土寺に至る地域に分布しています。これは芸予諸島を介した石工たちの移動と交流を示す貴重な証拠であり、瀬戸内海を舞台とした中世の文化交流の歴史を物語っています。
第三に、その造形の高さが挙げられます。花崗岩の堅い石質を巧みに彫り込み、各部材の比例感や細部の彫りに優れた美的感覚が示されています。七百年もの風雪に耐えながら、彫刻はなお驚くほど鮮明さを保っています。
見どころと細部の魅力
高さ約211センチメートル、堅牢な花崗岩から彫り出されたこの塔は、注意深く見れば見るほど、その魅力が伝わってきます。訪れた際にぜひ注目していただきたいいくつかのポイントをご紹介します。
金剛界四仏の種子
塔身の四面には、それぞれ深く彫り込まれた梵字が一字ずつ刻まれています。これらは密教における金剛界四仏を表す種子(しゅじ)で、阿閦如来(あしゅくにょらい、ウーン)、宝生如来(ほうしょうにょらい、タラーク)、阿弥陀如来(あみだにょらい、キリーク)、不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい、アク)の四仏を象徴しています。彫り方は薬研彫り(やげんぼり)と呼ばれるV字形の鋭い彫技で、力強い視覚的印象を生み出しています。
越智式を象徴する繰形座
塔身のすぐ下に、上向きの繰形を持つ座が設けられています。これが「越智式」を識別する最大の特徴であり、この地方独特の意匠です。専門家がこの様式を見分けるとき、まず注目するのがこの繰形座の有無なのです。
笠と隅飾の意匠
笠の段形は下二段、上六段で構成されており、整ったリズム感のある輪郭を描いています。四隅の隅飾突起は別石で造られ、三弧輪郭付(さんこりんかくつき)の意匠を持ちます。各隅飾の内側には月輪(がちりん)が陽刻され、その中に金剛界の中心仏である大日如来を表す梵字「バン」が刻まれています。
基礎と銘文
基礎は背が低めで、上端には下向きの繰形座が設けられています。側面は輪郭を巻き、内部に大きな格狭間(こうざま)を造るという、中世日本の石造物に典型的な意匠が用いられています。塔身の阿閦如来側の側面には、先述の造立銘文を読み取ることができます。
江戸時代の補修部分
塔の最上部、九輪と宝珠からなる相輪部分は、江戸時代に後補されたものです。当初の相輪が失われたのち、地域の人々が信仰の対象として塔を維持するために補修したことを示しています。元の部分ではないものの、世代を超えて受け継がれてきた信仰の証ともいえる大切な要素です。
野間神社そのものの魅力
宝篋印塔の魅力は、その背景となる野間神社の存在によってさらに深まります。野間神社は社伝によれば大宝元年(701年)に創建されたとされる古社で、平安時代の『延喜式』に名神大社として記載されている由緒ある神社です。伊予国を代表する神社の一つとして、古来より朝廷や武将、地域の人々の篤い信仰を集めてきました。
参拝者は石鳥居をくぐり、小さな橋を渡って随身門へ至ります。随身門には門守の神々が祀られており、訪れる人々を迎え入れます。そこから木立の中の参道を進むと境内に達し、社殿、本殿が建ち並びます。本殿の裏手の木立の中に、目指す宝篋印塔が静かに佇んでいます。
5月に行われる例大祭には、浦安の舞、大名行列、継ぎ獅子、藁御輿などの伝統行事が奉納されます。中でも継ぎ獅子は、三人や四人が積み重なって舞う豪快な郷土芸能で、愛媛県の無形民俗文化財にも指定されています。
訪問のご案内
宝篋印塔は野間神社本殿の裏手、静かな木立の中に立っています。神社境内は自由に参拝でき、宝篋印塔も日中であればいつでも見学可能です。拝観料は不要です。
公共交通機関でのアクセスは、JR今治駅から瀬戸内バスの大西・菊間方面行きに乗車し、「延喜」バス停で下車、そこから南へ徒歩約20分で到着します。お車の場合は、JR今治駅から西へ約4キロメートルの距離にあり、主要道路から案内表示があります。
訪れるのに最適な季節は、新緑の春や紅葉の秋で、周囲の木立が最も美しく彩られる時期です。5月の例大祭の時期に訪れることができれば、境内で繰り広げられる古式ゆかしい伝統行事に立ち会うことができ、これらは野間神社の長い歴史とともに連綿と受け継がれてきた貴重な文化体験となるはずです。
周辺観光のおすすめ
今治市は瀬戸内海の美しい景観に恵まれた地域の玄関口であり、見どころが豊富です。
- しまなみ海道は、本州と四国を結ぶ全長約60キロメートルの橋と島々の連なりで、世界的に有名なサイクリングロードとしても知られ、絶景の海岸風景が楽しめます。
- 大三島の大山祇神社には、源平の武将ゆかりの中世日本の武具・甲冑の比類なきコレクションが収蔵されており、その中には国宝指定品も含まれています。
- 美しく復元された海辺の城・今治城は、17世紀初頭に築かれた城郭で、瀬戸内海を一望する絶好の眺望が楽しめます。
- 今治は世界に名だたる高級タオルの産地としても知られ、市内には工場直売所やタオル美術館があり、製造工程を学んだり、上質なタオル製品を購入したりできます。
- 地元の食文化も魅力で、瀬戸内海の新鮮な魚介、とりわけ鯛料理、そして今治名物の焼豚玉子飯などをぜひお試しください。
Q&A
- 宝篋印塔とは具体的に何ですか。他の塔とは違うのでしょうか。
- 宝篋印塔とは、本来「宝篋印陀羅尼経」を納めるために造られた石塔の一種です。寺院でよく見かける木造の五重塔とは異なり、宝篋印塔は通常、より小ぶりの石造物で、四角い塔身、段状の笠、四隅で外側に反り上がる隅飾突起が特徴です。鎌倉時代を中心に、追善供養や祈願のための記念碑として広く造立されました。
- この塔は実際に近くで見ることができますか。
- はい。野間神社宝篋印塔は神社境内の屋外に立っており、日中であれば自由に近づいて見学することができます。彫刻の細部を間近で観察できますが、文化財ですので塔に手を触れることはお控えください。
- 写真撮影は可能ですか。
- 個人での記念撮影は通常認められており、宝篋印塔も含めて撮影可能です。ただし、参拝者への配慮や神社の作法を尊重してください。商用撮影や本格的な撮影をされる場合は、事前に神社にお問い合わせいただくのが望ましいでしょう。
- 「越智式」とはどのような様式で、他にもどこで見られますか。
- 越智式は、伊予国旧越智郡(現在の愛媛県今治市周辺)に発する石造宝篋印塔の地域様式で、塔身下に独特の繰形座を設けるのが最大の特徴です。今治市内や芸予諸島の島々、そして瀬戸内海を渡った広島県尾道市の浄土寺などにも越智式の作例が伝わっています。
- 野間神社には他にも見るべき文化財がありますか。
- はい。野間神社には平安時代の和鏡が複数面所蔵されており、愛媛県指定有形文化財となっています。また、例大祭で奉納される獅子舞は愛媛県の無形民俗文化財、藁御輿は今治市の無形民俗文化財に指定されており、信仰と芸能の両面でこの地域の文化的厚みを物語っています。
基本情報
| 名称 | 野間神社宝篋印塔(のまじんじゃほうきょういんとう) |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県今治市神宮(野間神社境内) |
| 所有者 | 野間神社 |
| 指定区分 | 国指定重要文化財(昭和29年〔1954年〕3月20日指定) |
| 造立年代 | 元亨二年(1322年)/鎌倉時代後期 |
| 材質 | 花崗岩 |
| 高さ | 約211センチメートル |
| 様式 | 越智式石造宝篋印塔 |
| 大願主 | 紀有春・藤原氏(夫妻) |
| アクセス | JR今治駅から瀬戸内バス(大西・菊間行き)「延喜」バス停下車、徒歩約20分 |
| 拝観料 | 無料(日中自由参拝) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)― 野間神社宝篋印塔
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3363
- 文化遺産オンライン ― 野間神社宝篋印塔
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/196020
- 日本遺産ポータルサイト ― 乃万地区の石塔群
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/2518/
- Wikipedia ― 野間神社(今治市)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/野間神社_(今治市)
- 石仏と石塔 ― 野間神社宝篋印塔
- https://kawai24.sakura.ne.jp/ehime-nomajinnjya.htm
最終更新日: 2026.05.05