万葉集巻第二、第四残巻(金沢本)―― 藤原定信が彩牋に綴った千年前の国宝
平安時代に生まれた書のなかでも、和歌と書と料紙、そして武家の来歴までがこれほど見事に重なり合った作品はまれです。十二世紀に書写された金沢本万葉集は、現存最古の歌集『万葉集』の一部を、平安宮廷きっての能書家・藤原定信の流麗な筆で、雲母が光る和製唐紙(彩牋)に写し取った二帖の冊子です。加賀百万石の前田家に三百年以上にわたって伝えられ、明治四十三年(一九一〇年)に前田家から明治天皇に献上されました。令和五年(二〇二三年)に国宝に指定され、現在は国(文化庁保管)の所有となって、皇居東御苑内の皇居三の丸尚蔵館に収められています。
歴史的背景
『万葉集』は、奈良時代の八世紀に編まれた日本最古の歌集です。全二十巻に、仁徳天皇の御代とされる伝承歌から天平宝字三年(七五九年)までの四百年以上にわたる歌が、四千五百首を超える規模で収められています。天皇や貴族の歌だけでなく、農民の歌や、東国から遠い海辺に派遣された防人の歌までが採り入れられている点は、後世の勅撰集にはない大きな特色です。
原本はすでに失われており、現在『万葉集』として読まれているものは、後世に書き写された写本を通して伝えられた本文に基づいています。そのなかでも平安時代にまで遡る写本はわずか五点しかなく、「五大万葉集」と総称されます。金沢本はその一つです。
この国宝に指定された二帖は、折った紙を背で貼り合わせる「粘葉装(でっちょうそう)」と呼ばれる装丁で仕立てられています。巻第二の大半と巻第四の一部が合綴されており、巻第二は五十八葉、巻第四は二十葉からなります。筆者は、平安書道の名門・世尊寺家第五世にあたる藤原定信(一〇八八~?)と伝えられ、書風から壮年期――元永から保安年間ごろ、およそ一一一八年から一一二三年前後――の筆と推定されています。定信は、三蹟の一人として知られる藤原行成から数えて五代目にあたる名筆の家柄に生まれました。
国宝に指定された理由
金沢本万葉集の文化史的な価値は、複数の側面から支えられています。まず、平安時代に遡る『万葉集』写本はわずか五点しかなく、本帖はその貴重な一角を占めます。さらに本文系統の分類においては、鎌倉時代に僧・仙覚(一二〇三~?)が校訂を加えた「新点本」以前の古い姿を伝える「次点本」に属しており、仙覚以前の『万葉集』がどのように読まれ、書き写されてきたかを知るうえで欠かすことのできない証拠でもあります。
書そのものもまた、平安書道史の大きな到達点と評価されています。藤原定信の書風は、速筆で軽快、抑揚が大きく、強い右肩上がりの線を特徴とし、同時代から「定信様」と呼ばれました。本帖では、その流動感あふれる筆致が、舶来の唐紙を模して日本で漉かれた豪奢な料紙――雲母刷りの文様がかすかに輝く「彩牋」――と見事に調和しています。書と紙との響き合いの美しさは、書道史上でも屈指のものとされています。
国宝指定には、本帖の来歴を裏づける附(つけたり)として三点が含まれています。蒔絵で景色を描いた浦景蒔絵冊子箱、桐製の冊子箱、そして桐箱の蓋に記された「宝永丁亥仲春望日」――すなわち宝永四年(一七〇七年)二月十五日付の加賀藩五代藩主・前田綱紀(一六四三~一七二四)による箱書きです。この箱書きによって、本帖が綱紀の祖父にあたる三代藩主・前田利常(一五九三~一六五八)の蔵書であったことが明らかになり、十七世紀まで遡る伝来が確実にたどれます。
見どころ
実物の前に立つ鑑賞者がまず驚かされるのは、その親密な大きさです。一帖の寸法は縦およそ二十一・七センチメートル、横およそ十三・六センチメートル。現代の文庫本よりもやや小ぶりな体裁の中に、千年以上にわたって日本の文学観を形づくってきた歌々が収められているのです。
最初に目を奪われるのは、やはり料紙の美しさです。ページに斜めから光を当てると、唐花や唐草、華文の文様が銀色の光沢を帯びて浮かび上がります。これは、雲母を細かく砕いた粉を紙面に刷り付けた「雲母刷り」によるもので、唐代中国の豪華な料紙を、日本の工人が写して作り上げた技法です。この彩牋による冊子本で、これほどまとまって伝わっている例は非常に少なく、料紙それ自体が一つの美術品といえます。
次に注目したいのは筆跡そのものです。定信は、生涯をかけて一切経をひとりで書写したと伝えられるほど筆の経験を重ねた能書家で、その蓄積は線の速さと確かさに表れています。文字は右上に傾き、強弱のリズムをともなって進み、仮名が連なる部分はまるで呼吸のように息づいています。研究者はしばしば、その筆致を「流動感」という言葉で表します。
歌の内容にも注意を向けてみましょう。巻第二は、額田王や柿本人麻呂といった七世紀の代表的歌人の相聞歌(恋歌)や挽歌(哀悼歌)を多く含むことで知られ、万葉集のなかでも文学的な名品の宝庫です。十二世紀の貴族の手によって、美しさのために作られた紙の上に写し取られたそれらの歌を眺めると、古代の歌が、詠まれた時代を遠く離れた後世の人々にとっても、学びと美の対象であり続けたことが強く実感されます。
拝観情報
本帖は、皇居東御苑内に位置する皇居三の丸尚蔵館に収蔵されています。同館は、上皇陛下と香淳皇后のご寄贈を機に平成五年(一九九三年)に開館した博物館で、令和五年(二〇二三年)からは独立行政法人国立文化財機構が運営しています。約九千八百点にのぼる収蔵品のなかからテーマごとに企画展が構成され、紙本の作品は光に弱いため、本帖のような貴重な写本は企画展のなかで期間を限って公開されるのが通例です。
なお、同館は現在、新施設の建設にともなう工事のため一時休館中で、全面開館は令和八年(二〇二六年)秋の予定とされています。訪問を検討される際は、事前に公式サイトで開館状況、企画展の内容、本帖の展示の有無をご確認いただくことをおすすめします。
開館時の開館時間は午前九時半から午後五時までで、金曜・土曜は午後八時まで延長されます(いずれも閉館三十分前に入館締切)。休館日は、月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始、天皇誕生日、および展示替期間です。入館料は一般一千円、大学生五百円で、高校生以下と満十八歳未満、満七十歳以上の方、および障害者手帳をお持ちの方と介護者一名は無料となっています。
アクセスは、東京メトロ大手町駅のC13a出口から徒歩約五分、JR東京駅丸の内北口からは徒歩約十五分です。
周辺の見どころ
皇居三の丸尚蔵館の見学は、都心の文化的な散策と組み合わせやすい立地にあります。三の丸尚蔵館を擁する皇居東御苑自体が無料で開放されており、江戸城の天守台跡や二の丸庭園、二の丸雑木林を季節ごとの表情とともに楽しめます。北の丸エリアには東京国立近代美術館と国立工芸館の本拠地があり、尚蔵館の皇室ゆかりの美術品を鑑賞したあとの、近現代美術への橋渡しとして最適です。
書や古典文学に関心のある方には、丸の内の出光美術館も候補となります。平安朝の美意識を感じられる作品がしばしば展示されます。少し足を延ばすなら、上野の東京国立博物館には、同じ五大万葉集の一つである国宝『元暦校本万葉集』が所蔵されており、日本美術史を通観する展示とあわせて万葉集写本の流れをより深く味わうことができます。
Q&A
- なぜ「金沢本」と呼ばれるのですか。
- 加賀国(現在の石川県)の城下町・金沢を本拠とする大名前田家に伝来したことに由来します。明治四十三年に前田家から明治天皇に献上されて以降もこの呼称が使われ続けています。神奈川県の中世の書庫にゆかりのある「金沢文庫本万葉集」とは別の写本ですので、混同しないようご注意ください。
- 藤原定信とはどのような人物ですか。
- 平安時代後期の貴族・能書家で、寛治二年(一〇八八年)の生まれとされます。三蹟の一人として名高い藤原行成から数えて五代目にあたり、世尊寺家の第五世として、宮廷社会における書の規範を担う立場にありました。宮廷の優雅な書だけでなく、生涯にわたって膨大な写経を遺したと伝えられ、特に一切経の書写を一人で成し遂げたという逸話で知られます。その速く、躍動感のある書風は「定信様」と呼ばれました。
- 「五大万葉集」とは何ですか。
- 平安時代に書写された『万葉集』の現存写本のうち、特に重要な五点を指す呼称です。藍紙本、元暦校本、金沢本(本帖および前田育徳会所蔵の別の金沢本)、天治本、桂本の五点がこれにあたり、現代の『万葉集』校訂本文の基盤となる古写本群として、国文学史上きわめて高い価値を持ちます。
- 彩牋とは何ですか。
- 染めた料紙に装飾文様を摺り出した、平安時代の豪華な書写用紙の総称です。本帖に用いられているのは、中国渡来の唐紙を日本で模してつくった「和製唐紙」で、雲母の粉を用いた摺刷りによって唐花や唐草の文様が銀色に輝きます。紙そのものが高価な美術品であり、平安時代の冊子本としてこれほどまとまった形で伝わる例は稀少です。
- いつでも本物を見られますか。
- 残念ながら、常時展示はしていません。平安時代の紙本は光や湿度の影響を受けやすく、本帖のような貴重な作品は、期間を限った企画展のなかで公開されます。実物を鑑賞したい方は、あらかじめ皇居三の丸尚蔵館の公式サイトで展示予定をご確認のうえ計画を立てることをおすすめします。企画展そのものは、本帖が出品されない期間も充実しており、訪れる価値が十分にあります。
基本情報
| 指定名称 | 万葉集巻第二、第四残巻(金沢本)〈藤原定信筆/彩牋〉 |
|---|---|
| 附指定 | 浦景蒔絵冊子箱、桐冊子箱、宝永丁亥仲春望日前田綱紀箱書 |
| 筆者 | 藤原定信(一〇八八~?)世尊寺家第五世 |
| 時代 | 平安時代院政期(元永~保安年間、およそ一一一八年~一一二三年) |
| 員数・体裁 | 二帖 粘葉装 紙本墨書 本紙は雲母唐紙(彩牋) |
| 寸法 | 各 縦約二十一・七センチメートル、横約十三・六センチメートル |
| 国宝指定 | 令和五年(二〇二三年)六月二十七日指定 指定番号二八四 |
| 所有者 | 国(文化庁保管) |
| 所在 | 皇居三の丸尚蔵館(皇居東御苑内) |
| 所在地 | 〒一〇〇‐〇〇〇一 東京都千代田区千代田一‐八 |
| アクセス | 東京メトロ大手町駅C13a出口より徒歩約五分/JR東京駅丸の内北口より徒歩約十五分 |
参考文献
- 金沢本万葉集|皇居三の丸尚蔵館
- https://shozokan.nich.go.jp/collection/object/SZK003029
- 万葉集巻第二、第四残巻(金沢本)〈藤原定信筆〉|文化遺産データベース
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/578872
- 国宝-書跡典籍|万葉集(金沢万葉)[皇居三の丸尚蔵館/東京]|WANDER 国宝
- https://wanderkokuho.com/201-12014/
- 藤原定信|ウィキペディア
- https://ja.wikipedia.org/wiki/藤原定信
- 皇居三の丸尚蔵館 公式サイト
- https://shozokan.nich.go.jp/
最終更新日: 2026.04.23