1帖の写本 ― 2023年に国宝
更級日記〈藤原定家筆〉/附 波に月蒔絵冊子箱は、東京都千代田区千代田にある鎌倉時代の写本で、2023年(令和5年)6月27日に国宝に指定された。員数は1帖、寸法は縦16.4センチメートル、横14.5センチメートル、所有は国(文化庁保管)である。
文化庁データベースの重要文化財指定年月日の欄は空欄で、重要文化財を経ずに国宝へ指定されている。これまで扱った中で19件目にあたる。
2023年6月27日という指定日は、三藐院記/附 関白宣下が重要文化財となった日と同じである。同じ日に、一方は国宝、一方は重要文化財となっている。
順序の乱れが、この一本を祖本だと証明した
文化庁の解説に、際立った一節がある。
『更級日記』は難解な作品として知られていたが、これが錯簡によるものであることが近代に入って明らかとなり、この錯簡が写本、版本全てに踏襲されていたため、本書が『更級日記』唯一の祖本であることも明らかとなった、とある。
錯簡は、綴じの順序が入れ替わっていることをいう。作品が読みにくいのは、内容が難しいからではなく、順序が乱れていたからだった。
その乱れが、あらゆる写本と版本に受け継がれていた。ということは、それらすべてがこの一本から派生したことになる。
欠陥が、系統を証明した。紙本墨画鳥獣人物戯画でも脱落と錯簡が記されていたが、そちらは伝来の過程で生じた損傷として書かれていた。本件では、同じ錯簡が来歴を示す証拠になっている。
定家が自分で不審箇所に朱を付けた
写した人の作業も記録されている。
本書は、藤原定家(1162年から1241年)自筆による『更級日記』の写本である、とある。写したのは定家自身である。
続けて、定家は不審箇所に朱を付し、勘物を加えたことを奥書に記した、とある。
写すだけでなく、疑わしいところに朱を入れ、注記を加えている。しかもそのことを奥書に書き残している。
書写の時期も、別の記録から推定される。本書の書写時期は『明月記』の記述から、寛喜二年(1230年)より後と見られる、とある。定家自身の日記である『明月記』が、この写本の年代を絞る手がかりになっている。
今昔物語集は書写奥書がなく、体裁・料紙・書風から鎌倉時代中期と推定されていた。本件は奥書があり、さらに別の日記が年代を裏づける。
冊子箱が「附」として指定されている
この物件には冊子箱が附いている。
名称に附 波に月蒔絵冊子箱とある。写本を納める箱が、附として指定の範囲に入っている。
中身と容れ物の扱いは、これで三通り見たことになる。三十帖冊子と宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱は、同じ日に別々の国宝となった。願成寺の黄檗鉄眼版大般若波羅蜜多経および収納木製箪笥は、経典と箪笥を一組の物件とした。本件は本体と附という関係である。
別々にするか、一組にするか、本体と附にするか。同じ中身と容れ物でも、三つの扱いが並んでいる。文化庁は判断の基準を記していない。
伝来についても記述がある。記録から、後西天皇(在位1654年から1663年)の御物本であったことが知られている、とある。
閲覧
所在は東京都千代田区千代田で、所有は国(文化庁保管)である。常設で公開される性格のものではない。
紙に書かれたものは光に弱く、公開期間が限られるのが通例である。縦16.4センチメートル、横14.5センチメートルと小さい。
評価は三つ重ねて記される。『更級日記』本文を伝える最古写本として、又、唯一の祖本として、そして、定家による写本、校勘本として、我が国の文学史上に極めて価値が高い資料である、とある。
展示の予定は変わることがあるため、訪問前に確認したい。
Q&A
- この写本はいつ国宝に指定されましたか。
- 2023年(令和5年)6月27日です。員数は1帖、寸法は縦16.4センチメートル、横14.5センチメートル、所有は国(文化庁保管)です。重要文化財指定年月日の欄は空欄です。
- なぜ祖本と分かるのですか。
- 文化庁は「『更級日記』は難解な作品として知られていたが、これが錯簡によるものであることが近代に入って明らかとなり、この錯簡が写本、版本全てに踏襲されていたため、本書が『更級日記』唯一の祖本であることも明らかとなった」と記します。順序の乱れが系統を証明しています。
- 定家は何をしたのですか。
- 写しただけでなく「不審箇所に朱を付し、勘物を加えたことを奥書に記した」とされます。疑わしいところに朱を入れ、注記を加え、そのことを奥書に書き残しています。
- いつ書写されたのですか。
- 文化庁は「『明月記』の記述から、寛喜二年(1230年)より後と見られる」とします。定家自身の日記が、この写本の年代を絞る手がかりになっています。
- 附指定は何ですか。
- 波に月蒔絵冊子箱です。写本を納める箱が附として指定の範囲に入っています。三十帖冊子とその箱が別々の国宝であったのとは、扱いが違います。
基本情報
| 名称 | 更級日記〈藤原定家筆〉/附 波に月蒔絵冊子箱(さらしなにっき) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都千代田区千代田 |
| 指定区分 | 国宝(歴史資料/書跡・典籍/古文書)/波に月蒔絵冊子箱が附指定/重要文化財を経ずに国宝へ指定 |
| 指定年 | 2023年(令和5年)6月27日 国宝 |
| 員数 | 1帖 |
| 寸法 | 縦16.4センチメートル、横14.5センチメートル。藤原定家(1162年から1241年)の自筆による写本で、書写時期は『明月記』の記述から1230年より後と見られる。時代は鎌倉 |
| 所有者 | 国(文化庁保管) |
| 公開状況 | 常設の公開ではない。紙に書かれたものは光に弱く、公開期間が限られる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 更級日記〈藤原定家筆/〉 附 波に月蒔絵冊子箱
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/550831
- 文化庁 国指定文化財等データベース 同物件
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/00012013
- 皇居三の丸尚蔵館
- https://shozokan.nich.go.jp/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.05