屏風土代 —— 千年を超えて伝わる小野道風の真筆
東京・皇居東御苑の一角に静かにたたずむ皇居三の丸尚蔵館。そこに収められている一巻の古い巻物が、日本の書の歴史を大きく塗り替えました。その名を「屏風土代(びょうぶどだい)」といい、平安時代中期の延長六年(九二八年)、能書家・小野道風(おののみちかぜ、一説に「とうふう」)の手によって書かれたものです。令和三年(二〇二一年)九月三十日、国宝に指定されました。千年以上の時を経てなお、和様の書の創始者とされる道風の「生きた筆跡」を目の前で拝見できる、他に代えがたい名品です。平安王朝の美意識に触れたい方、あるいは東アジアの書芸術に関心のある方にとって、これほど魅力的な出会いはそう多くありません。
歴史的背景 —— 醍醐天皇の勅命から生まれた巻物
屏風土代の物語は、延長六年(九二八年)十一月、醍醐天皇(八八五〜九三〇)の御代に始まります。『日本紀略』の同年十二月の記録によれば、天皇は内裏に飾る「御屏風六帖」を新調するにあたり、詩は大江朝綱(おおえのあさつな、八八六〜九五七)に作らせ、清書は小野道風(八九四〜九六六)に命じたと伝えられています。このとき朝綱は四十三歳、道風は三十五歳。当代きっての文人と能書家に託された、国家的な文化事業でした。
当時の屏風は、江戸時代以降のように大きな文字を二、三行で収めるものではなく、彩色を施した方形の「色紙形(しきしがた)」と呼ばれる区画を屏風の上に設け、その中に漢詩を書き入れる形式でした。この色紙形に清書するにあたり、道風が試し書きとして残したのが、本書巻「屏風土代」なのです。宮中に納められた屏風六帖そのものは現存せず、下書きである本書巻だけが、奇跡のように伝わっています。
巻末には、世尊寺流の祖・藤原行成(九七二〜一〇二七)から五代目にあたる藤原定信(ふじわらのさだのぶ、一〇八八〜?)による識語(しきご)が記されています。定信の識語によれば、保延六年(一一四〇)十月二十二日の朝、彼はこの巻物と藤原行成筆「白氏詩巻」を、ある経師(きょうじ、写経に携わる職人)の妻から買い求めたとのこと。以来、数奇な伝来を経て、大正十四年(一九二五)に旧侯爵家である井上家から大正天皇に献上され、皇室に受け継がれて今日に至ります。
なぜ国宝に指定されたのか
日本には豊かな書の遺産がありますが、小野道風の真筆と確実に伝えられる作品はごく限られています。そのなかでも屏風土代は、道風真跡として最も評価が高い一巻とされてきました。二〇二一年の国宝指定に至った理由は、美術史的価値・歴史的背景・下書きならではの魅力、という三つの柱に集約されます。
和様の書の誕生を示す作品
平安時代前期の日本の書は、中国の王羲之(おうぎし)の書風に強い影響を受けた「唐様(からよう)」が主流でした。屏風土代の書風は、王羲之の書法を踏まえつつも、それまでの唐様の枠を越え、温和で豊潤、かつ芯のある柔らかな筆致を示しています。これは、日本独自の柔らかな美意識を反映した「和様」の書が、まさに生まれつつある瞬間を捉えたものと言えます。道風の始めた和様は、のちに藤原行成によって大成され、三蹟(さんせき、道風・佐理・行成)と呼ばれる三人の能書家によって確立されました。その流れは江戸時代末に至るまで、日本書道の基礎をなしました。
下書きならではの臨場感
現存する古筆の多くは完成稿ですが、屏風土代は珍しく「下書き」として伝わった作品です。そのため、本文の傍らに同じ字を小さく書き加えた推敲のあと、行末に収まりきらなかった文字を小さく書いた箇所、行間に脱字を補った箇所などが随所に残されています。さらに、各漢詩の題辞の上には「乙一」「丙二」といった小さな文字が見られ、これは屏風に色紙を貼る順序や位置を示したものとする説があります。こうした痕跡は、千年前の能書家が筆を走らせるそのときの息づかいをそのまま伝えるものであり、他の古筆には見られない魅力となっています。
確かな歴史的裏付け
制作の経緯が『日本紀略』によって記録され、さらに巻末の藤原定信の識語によってその後の伝来まで裏付けられている点も、本書巻の価値を際立たせています。成立年・制作の契機・伝来の経緯までが、これほど明確に追跡できる平安時代の作品は極めて稀であり、書道史のみならず、文化史全体を考えるうえでも比類のない貴重な資料です。
魅力・見どころ
筆致の美しさ
漢字や書の素養がない方でも、道風の筆の美しさには自然と惹きつけられます。墨の濃淡は、筆を下ろした瞬間の深い黒から、筆先が乾くにつれて繊細な灰色へと変化し、行草体の流れるような縦の運びが、呼吸するような自然さで一行一行を紡いでいきます。
大江朝綱の漢詩十一首
書かれているのは、大江朝綱の作による七言律詩八首と七言絶句三首の、あわせて十一首。題には「春日山居」「問春」など風雅な漢詩が並びます。これらの詩のうち八聯は、のちに平安時代を代表する名詩集『和漢朗詠集』に朝綱の詩として採録されており、道風の書と朝綱の詩がそろって当時から高く評価されていたことを物語ります。
藤原定信の識語
巻末に添えられた藤原定信の識語には、「十八枚也、道風手」と記されており、この枚数は現在の本紙十八紙と完全に一致しています。つまり、一一四〇年以降、紙の増減なく伝えられてきたことが裏付けられるのです。定信のこの短い書き付けは、九百年近い時間を静かに繋ぐ橋となっています。
装幀の美しさ
本書巻は、本紙の寸法が縦二十二・六センチ、横四百三十四・五センチの巻子装(かんすそう)で、軸端には蓮花透彫(はすばなすかしぼり)の金属製の軸端が取り付けられています。装幀そのものも控えめながら美しく、内容の格調にふさわしい仕立てとなっています。
皇居三の丸尚蔵館を訪ねる
屏風土代を所蔵する皇居三の丸尚蔵館は、皇居東御苑の一角にあり、東京駅から徒歩圏内というアクセスの良い場所に位置しています。同館は、皇室に代々受け継がれてきた多彩な美術工芸品を収蔵し、そのなかの選りすぐりの作品を、企画展の形で順次公開しています。屏風土代のような古筆の名品は、保存上の理由からつねに展示されているわけではありませんので、ご訪問の際は事前に公式サイトで展示情報をご確認いただくのがおすすめです。
東御苑および尚蔵館への入苑時には手荷物検査があります。時間に余裕をもってお越しください。撮影の可否は展覧会によって異なりますので、現地でご確認ください。なお、月曜日と金曜日は休苑・休館日にあたることが多く、皇室行事等による臨時休館もありますので、ご旅行の計画には余裕をもってお臨みください。
周辺の見どころ
皇居三の丸尚蔵館の立地は、東京屈指の文化スポットが集まる一角にあります。東御苑内には江戸城本丸跡の壮大な石垣や天守台が残り、四季折々の庭園風景を楽しむことができます。大手門を出ればすぐ、赤煉瓦造りの重厚な東京駅丸の内駅舎がそびえ、建築好きの方にとっても見応えは十分です。また、竹橋門からほど近い北の丸公園には、東京国立近代美術館や日本武道館などもあり、一日を通して歴史・芸術・建築を満喫することができます。丸の内・大手町エリアには、和菓子の老舗から本格的な懐石料理まで、幅広い食の選択肢がそろっており、鑑賞の合間の休憩にも困りません。
Q&A
- 小野道風とはどのような人物ですか。
- 小野道風(八九四〜九六六)は、平安時代中期の宮廷に仕えた能書家です。藤原佐理・藤原行成とともに「三蹟(さんせき)」の一人に数えられ、それまでの唐様に対して、日本独自の柔らかな書風である「和様」を創始した人物として、のちの日本書道に極めて大きな影響を与えました。
- 「屏風土代」とはどういう意味ですか。
- 「屏風」は屏風そのもの、「土代」は下書きや草稿を意味する言葉です。つまり「屏風土代」は「屏風のための下書き」という意味で、本書巻は内裏の屏風に貼る色紙形に清書するための試し書きとして書かれたものです。
- 実物を見ることはできますか。
- 千年以上前の紙本墨書であるため、保存の観点から常設展示はされておらず、皇居三の丸尚蔵館の企画展の際に期間限定で公開されます。ご覧になりたい方は、同館の公式サイトで現在開催中の展覧会情報をご確認のうえ、お出かけください。
- 書かれている漢詩は小野道風自身が作ったものですか。
- 書は小野道風の手によるものですが、漢詩そのものは文章博士・大江朝綱の作です。道風の役割は、朝綱の詩を屏風に貼る色紙形に美しく清書することでした。
- この巻物はどのようにして皇室に伝わったのですか。
- 巻末の藤原定信の識語によれば、保延六年(一一四〇)には定信が経師の妻から買い求めたことが知られています。その後さまざまな経緯を経て旧侯爵・井上家に伝来し、大正十四年(一九二五)に同家から大正天皇に献上され、以来、皇室に受け継がれて現在は皇居三の丸尚蔵館で保管されています。
基本情報
| 名称 | 屏風土代〈小野道風筆/〉 |
|---|---|
| 指定 | 国宝(令和三年〔二〇二一〕九月三十日指定) |
| 分類 | 書跡・典籍 |
| 筆者 | 小野道風(八九四〜九六六) |
| 詩の作者 | 大江朝綱(八八六〜九五七) |
| 制作年 | 延長六年(九二八年)、平安時代 |
| 形状 | 巻子装(巻物) 一巻/紙本墨書 |
| 寸法 | 本紙 縦二十二・六センチ × 横四百三十四・五センチ(全十八紙) |
| 内容 | 大江朝綱作の七言律詩八首、七言絶句三首 |
| 所有者 | 国(文化庁保管/宮内庁) |
| 所在 | 皇居三の丸尚蔵館 |
| 住所 | 〒100-0001 東京都千代田区千代田一番八号 皇居東御苑内 |
| 交通 | 地下鉄各線 大手町駅(C13a出口)から徒歩約五分、JR東京駅(丸の内北口)から徒歩約十五分 |
| 休館日 | 月曜日・金曜日ほか(皇居東御苑の公開日時に準ずる) |
参考文献
- 屏風土代〈小野道風筆/〉 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/598699
- びょうぶどだい 屏風土代 — 皇居三の丸尚蔵館
- https://shozokan.nich.go.jp/collection/object/SZK003024
- 国指定文化財等データベース — 文化庁
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/00011963
- 文化庁広報誌ぶんかる 特集「皇室のみやび —受け継ぐ美—」
- https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/bunkazai/bunkazai_115.html
- 交通アクセス — 皇居三の丸尚蔵館
- https://shozokan.nich.go.jp/visit/access/
- 屏風土代 — Wikipedia(日本語)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/屏風土代
最終更新日: 2026.04.23