1幅の書 ― 2023年に国宝
喪乱帖〈原跡王羲之〉は、東京都千代田区千代田にある唐時代の書で、2023年(令和5年)6月27日に国宝に指定された。員数は1幅、寸法は縦26.2センチメートル、横58.9センチメートル、所有は国(文化庁保管)である。
文化庁データベースの重要文化財指定年月日の欄は空欄で、重要文化財を経ずに国宝へ指定されている。これまで扱った中で20件目にあたる。
2023年6月27日は、更級日記〈藤原定家筆〉が国宝に指定された日と同じである。同じ日に二件の書跡が国宝となっている。
国宝そのものが模本である
この物件で最も注目すべきは、指定されているものの性格である。
文化庁は、東晋の書聖、王羲之(303年頃から361年頃)の書簡を唐代に双鉤塡墨の技法で写した模本である、と記す。
写したものが国宝に指定されている。原本ではない。
続けて、王羲之の真筆は現存せず、とある。写す元になったものは失われている。
ここまで模本を扱った例は三つあった。絹本著色六道絵の文政摸本は県指定、絹本著色一遍上人絵伝の天保11年(1840年)模本は東京国立博物館の所蔵、宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱の模造も同館にある。いずれも原品が別に国宝や重要文化財として存在した。本件は違う。原品が存在しないため、模本そのものが国宝になっている。
名前が本文の最初の語から取られている
名称の由来も記されている。
内容は、戦乱により先祖の墓が荒らされた深い悲しみを記す。一行目に「喪乱」の字が見えることから「喪乱帖」と名付けられている、とある。
本文の最初に出てくる語が、そのまま名前になっている。書き手が題を付けたのではない。
これまで名称の由来はさまざまだった。太刀は銘文の転記、絹本著色松に草花図は作者欄の空白を示し、紙本墨画五部心観は欠損を書き込んでいた。本件は本文の冒頭語である。
あわせて用語も説明される。「帖」とは法帖、習字の手本のことである、とある。手本として扱われてきたことが名称に含まれている。
現存数が国別に記録されている
文化庁は、この種の模本の現存数を具体的に挙げる。
双鉤塡墨による唐代の精巧な模本が日本に四点、中国に四点、米国に一点、計九点が現存するのみであり、古来珍重されている、とある。
国別に数が示されている。日本4、中国4、米国1で、合わせて9点である。
ここまで「唯一」「最古」といった記述が旧記事にあるとき、文化庁の記録に裏づけがないことが多かった。曜変天目茶碗では現存数の記載を確認できず、記述を削った。本件は文化庁の記録に数が明記されている。
評価の根拠も三つ挙げられる。もとの書簡を書いた年代が永和十二年(356年)と確かであること、文章としてまとまった内容であること、模写の技法が優れていることである。
伝来が七段階で記録されている
この書が日本に来てからの経路も詳しい。
日本には奈良時代に遣唐使によってもたらされ、聖武天皇遺愛品として東大寺に献納、また「延暦勅定」の朱印が捺されていることから、桓武天皇の御覧に供したことが知られる、とある。
朱印が、誰が見たかを示す証拠になっている。三藐院記では付箋に祐筆や奉行人の名が見えると記されていた。紙の上の小さな印や紙片が、来歴を語る。
続けて、のち東大寺から流出、後水尾天皇から後西天皇を経て、妙法院堯恕法親王に与えられた。明治十三年(1880年)、妙法院から皇室に献上されている、とある。
後西天皇の名は、更級日記の伝来にも現れる。同じ日に国宝となった二件が、同じ人物を伝来にもつ。
Q&A
- 喪乱帖はいつ国宝に指定されましたか。
- 2023年(令和5年)6月27日です。員数は1幅、寸法は縦26.2センチメートル、横58.9センチメートル、所有は国(文化庁保管)です。重要文化財指定年月日の欄は空欄です。
- 王羲之が書いたものですか。
- いいえ。文化庁は「王羲之の書簡を唐代に双鉤塡墨の技法で写した模本である」とし、「王羲之の真筆は現存せず」と記します。写す元になったものが失われているため、模本そのものが国宝になっています。
- なぜ喪乱帖という名なのですか。
- 文化庁は「一行目に『喪乱』の字が見えることから『喪乱帖』と名付けられている」と記します。本文の最初に出てくる語が、そのまま名前になっています。
- 同じような模本はいくつありますか。
- 文化庁は「日本に四点、中国に四点、米国に一点、計九点が現存するのみ」と記します。国別に数が示されています。
- どのように伝わったのですか。
- 奈良時代に遣唐使がもたらし、聖武天皇遺愛品として東大寺に献納され、「延暦勅定」の朱印から桓武天皇の御覧に供したことが知られます。のち東大寺から流出し、後水尾天皇から後西天皇を経て妙法院堯恕法親王に与えられ、明治13年(1880年)に妙法院から皇室へ献上されました。
基本情報
| 名称 | 喪乱帖〈原跡王羲之〉(そうらんじょう) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都千代田区千代田 |
| 指定区分 | 国宝(その他の美術/書)/重要文化財を経ずに国宝へ指定/指定されているのは唐代の模本 |
| 指定年 | 2023年(令和5年)6月27日 国宝 |
| 員数 | 1幅 |
| 寸法 | 縦26.2センチメートル、横58.9センチメートル。王羲之の書簡を唐代に双鉤塡墨の技法で写した模本で、もとの書簡は356年(永和12年)に書かれたとされる。時代は唐 |
| 所有者 | 国(文化庁保管) |
| 公開状況 | 常設の公開ではない。紙に書かれたものは光に弱く、公開期間が限られる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 喪乱帖〈原跡王羲之/〉
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/598290
- 皇居三の丸尚蔵館 収蔵品
- https://shozokan.nich.go.jp/collection/object/SZK003019
- 皇居三の丸尚蔵館
- https://shozokan.nich.go.jp/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.05