卒業生の寄付で建った講堂
東京工業大学七〇周年記念講堂は、東京都目黒区大岡山にある鉄筋コンクリート造の講堂で、文化庁の登録原簿は年代を昭和30年(1955年)とし、平成25年(2013年)12月24日に登録有形文化財(建造物)に登録された。本館前のキャンパス中心軸に東面して建ち、二階建に地下一階、一部に地下二階を備える。
講堂を建てる構想自体は戦前からあった。昭和13年(1938年)以降は戦時下の社会状況によって本格的な施設建設が不可能になり、計画は棚上げされる。再び動き出したのは昭和26年(1951年)、創立70周年の年だった。財源は国費ではなく、卒業生からの寄付である。
和田小六学長のもとで進められた募金は、目標額3,000万円に対して5,200万円以上を集めた。復興途上にあった当時の日本の状況を考えれば、大学の建物に対する私的拠出としては破格の規模といえる。竣工年については資料間に食い違いがあり、後述する。
谷口吉郎の中期作 ― 抑制された意匠
設計は谷口吉郎(1904年〜1979年)。昭和5年から昭和40年の定年退官まで本学建築学科で教鞭をとった、二十世紀日本を代表する建築家の一人である。大学の資料はこの講堂を谷口中期の代表作と位置づけている。
谷口は金沢の九谷焼窯元に生まれ、東京帝国大学建築学科に学んだ。初期作には西欧の新建築への傾倒が見え、現存しない東工大水力実験室(昭和7年)がその代表とされる。昭和13年の渡欧でドイツ古典主義の建築家シンケルの作品に接して以降、日本の建築的伝統を現代へどう継承するかが主題になった。藤村記念堂(昭和22年)がその転回点にあたる。以後、千鳥ヶ淵戦没者墓苑(昭和34年)、東宮御所(昭和35年)、東京国立博物館東洋館(昭和43年)などを手がけ、昭和48年に文化勲章を受章した。博物館明治村の設立者でもある。子息は建築家の谷口吉生。
登録基準は隣接する二棟と同じ「造形の規範となっているもの」で、登録番号は13-0306。文化庁の解説は、斜面地形を利用したホール主体の平面とし、薄い軒を水平に差し出して中央にヴォールト屋根をかけると記す。南側面については、縦長のサッシを雁行させることで独特の陰影を持つ窓割とし、テラコッタの装飾壁とともに豊かな表情をつくり出す、としている。
数値には注意が要る。文化庁データベースは年代を昭和30年(1955年)、建築面積を1,066平方メートルとする。これに対し大学の公開資料は竣工を1958年頃、建築面積2,577平方メートル、延床面積5,180平方メートルとし、英語版では1950年代後半の竣工と記す。両者の開きは小さくなく、公表資料の範囲では解消されていない。公的な数値としては登録原簿の記載が優先される。
大きさを隠す建て方
正門から見ると、この講堂は平屋に見える。実際には違う。客席を敷地の傾斜に沿って落とし込むことで建物の高さを抑え、芝生の上に立ちはだからない高さに収めている。南には緑の芝のスロープが広がり、南立面はその背景として成立するよう構成された。前に出る建物ではない。
釣り合いをとっているのが屋根である。中央にはアルミ板張りのヴォールトがかかり、その曲線が深く差し出した軒の水平線と対をなす。かつてはこの構成に垂直の要素として煙突が加わっていたが、現存しない。今日目にする均衡は、設計時のそれとは少し違うことになる。
南側に立って窓の列を追ってほしい。方立の縦格子が端から端まで連なり、変化は装飾ではなく材質と陰影によってつけられている。谷口の「清らかな意匠」と呼ばれる抑制がもっとも読み取りやすい面で、光の回った曇天の方が見えやすい。
講堂は現在も式典、講演会、演奏会に使われる現役施設で、内部の随時見学はできない。一般公開されるコンサートや講演に足を運べば内部に入れる。開催情報は大学から告知される。外観は構内から自由に見学・撮影でき、料金も公開時間の設定もない。東急大井町線・目黒線の大岡山駅から正門まで徒歩1分ほど、本館前広場の西側に建つ。昭和9年竣工の本館、昭和6年竣工の西1号館もいずれも登録有形文化財で、すぐ近くにある。
Q&A
- 東京工業大学七〇周年記念講堂の設計者は誰ですか?
- 建築家の谷口吉郎です。昭和5年から昭和40年まで東京工業大学建築学科で教鞭をとり、東宮御所や東京国立博物館東洋館などを手がけました。大学はこの講堂を谷口中期の代表作と位置づけています。施工は清水建設。
- 東京工業大学七〇周年記念講堂の内部は見学できますか?
- 式典・講演会・演奏会に使われる現役施設のため、随時の内部見学はできません。一般に公開されるコンサートや講演に参加すれば内部をご覧いただけます。外観は構内から自由に見学でき、料金はかかりません。
- 東京工業大学七〇周年記念講堂はいつ竣工しましたか?
- 資料によって記載が異なります。文化庁の国指定文化財等データベースは昭和30年(1955年)としますが、大学の公開資料は1958年頃、あるいは1950年代後半としています。募金が始まったのは創立70周年の昭和26年(1951年)です。公的な記載としては登録原簿が優先されます。
- 東京工業大学七〇周年記念講堂へのアクセス方法は?
- 東急大井町線または東急目黒線の大岡山駅を利用します。正門までは徒歩1分ほど。講堂は本館前広場の西側、キャンパスの中心軸上に建っています。登録原簿上の所在地は東京都目黒区大岡山2-1-1です。
- 東京工業大学七〇周年記念講堂が平屋のように見えるのはなぜですか?
- 客席を敷地の傾斜に沿って配置し、建物を持ち上げずに斜面へ落とし込んでいるためです。この操作で全体の高さが抑えられ、正門側からは平屋に見えます。実際には二階建で、地下一階と一部地下二階を備えています。
基本情報
| 名称 | 東京工業大学七〇周年記念講堂(とうきょうこうぎょうだいがくななじっしゅうねんきねんこうどう) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都目黒区大岡山2-1-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号13-0306 登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成25年(2013年)12月24日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造2階地下1階建一部地下2階付、建築面積1,066平方メートル(文化庁データベース)。年代は昭和30年(1955年)。大学資料は1958年頃とする |
| 所有者 | 国立大学法人東京工業大学(登録原簿の記載)。同法人は2024年10月に統合により東京科学大学となった |
| 公開状況 | 原則として外観のみ見学可。構内は開放されており拝観料なし。式典・講演会・演奏会の参加時に内部へ入れる |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「東京工業大学七〇周年記念講堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009721
- 文化遺産オンライン「東京工業大学七〇周年記念講堂」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/279290
- 東京科学大学(旧・東京工業大学)「登録有形文化財 本館・西1号館・70周年記念講堂」
- https://www.titech.ac.jp/public-relations/about/campus-maps/campus-highlights/cultural-properties
- 東京科学大学「大岡山キャンパス」
- https://www.isct.ac.jp/ja/001/about/campuses-and-offices/ookayama
- 東京科学大学「アクセス」
- https://www.isct.ac.jp/ja/001/access
最終更新日: 2026.08.04