蚊屋島神社天神社とは

蚊屋島神社天神社は、鳥取県西伯郡日吉津村に建つ明治元年(1868年)頃の境内社で、平成30年(2018年)11月2日に登録有形文化財となった。木造平屋建、銅板葺、建築面積は5.4平方メートルである。

境内の後方、本殿の東側に南を向いて建つ。形式は三間社流造の見世棚造で、床下に棚を組み、階段を持たない。本殿をはさんだ西側の豊受社と向かい合う位置にあり、文化庁の解説は両者が規模・形式とも寸分違わないと記す。

細部装飾も共通する。妻飾は虹梁大瓶束向拝には虹梁型の頭貫が渡り、その木鼻には若葉を透彫にした文様が入る。昭和51年(1976年)に改修された。

登録の理由と価値

蚊屋島神社天神社の登録番号は31-0264。文化庁の解説は、豊受社と対置され、伝統的な境内空間を構成する端正な意匠の境内社である、と位置づけている。

「対置」という評価が示すとおり、この建物の価値は単独では完結しない。本殿の左右に同じ寸法・同じ形式の社殿を置くという配置そのものが、境内後方の骨格をつくっている。蚊屋島神社天神社を欠けば、その均衡は失われる。

境内の前半、参道沿いの三棟が明治33年(1900年)の整備による近代的な表構えであるのに対し、蚊屋島神社天神社と豊受社は明治元年(1868年)頃にさかのぼり、伝統的な社殿の作法を保つ。同じ境内に二つの時期と二つの性格が同居している。

見どころ

蚊屋島神社天神社で注目したいのは向拝の木鼻である。虹梁型の頭貫の端に若葉の透彫が施され、5.4平方メートルの社殿には過剰にも思える手が入っている。目の高さに近い位置にあるので、彫りの深さや葉の重なりまで確かめられる。

妻面の虹梁と大瓶束は、境内の随神門にも使われている構成である。規模も年代も違う二棟が同じ組み方を共有しており、境内を一巡りするうちに気づく類似になっている。

本殿の西側に回れば豊受社がある。文化庁が寸分違わないと書いた二棟を、同じ角度から続けて見比べてみたい。違いを探すより、違いが見つからないことのほうが、この一対の性格をよく表す。

見学方法

蚊屋島神社天神社は小型の境内社で、内部は非公開である。人が上がる建物ではなく、正面から見上げての見学になる。

本殿の東側後方まで進むと正面から見られる。木鼻の透彫は側面から光が当たる時間帯に陰影が出るので、午前の早い時間か夕方が見やすい。かがんで目の高さを合わせると細部が読める。

外観の撮影は通常問題にならない。三脚の使用や祭祀中の撮影は社務所(電話 0859-27-2518)に確認してほしい。境内への行き方と拝観の条件は蚊屋島神社のページにまとめてある。

よくある質問

Q蚊屋島神社天神社はどこにありますか。
A境内の後方、本殿の東側です。南を向いて建ち、本殿をはさんだ西側の豊受社と対になっています。
Q蚊屋島神社天神社と豊受社の違いは何ですか。
A建物としての違いはほとんどありません。文化庁の解説は規模・形式とも寸分違わないと記しています。本殿の東が天神社、西が豊受社という位置で区別します。
Q蚊屋島神社天神社はいつ建てられましたか。
A明治元年(1868年)頃とされ、昭和51年(1976年)に改修されています。参道沿いの神楽殿や随神門より30年ほど古い建物です。
Q蚊屋島神社天神社の見どころはどこですか。
A向拝の木鼻に入った若葉の透彫です。虹梁型の頭貫の端にあり、目の高さに近いので彫りの細部まで確かめられます。
Q蚊屋島神社天神社の内部は見られますか。
A内部は非公開です。見世棚造の小型社殿で、もとより人が上がる造りではありません。正面からの見学になります。

基本データ

名称蚊屋島神社天神社
所在地鳥取県西伯郡日吉津村大字日吉津354
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)11月2日登録
員数1棟
寸法建築面積5.4平方メートル
所有者宗教法人蚊屋島神社
公開状況境内は参拝自由、建物内部は非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 蚊屋島神社天神社
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012630
日吉津村 蚊屋島神社について
https://www.hiezu.jp/list/kyouiku/e123/y114/a171/
日吉津村 国登録有形文化財 蚊屋島神社
https://www.hiezu.jp/list/kyouiku/e123/y114/
とっとり文化財ナビ(鳥取県) 蚊屋島神社 本殿ほか
https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/BB16958A323A90D94925837F002C3D1C

最終更新日: 2026.09.17