干拓地を見下ろす一間社
杉谷神社本殿は、鳥取県鳥取市気高町日光にある大正4年(1915年)建立の神社本殿で、令和6年(2024年)3月6日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は31-0290、員数は1棟、所有は宗教法人杉谷神社である。
建築面積は7.3平方メートル。畳に直せばおよそ四畳半で、人が入ることを想定しない、神を迎えるためだけの箱である。形式は一間社流造、屋根は銅板葺。四周に高欄付きの縁をめぐらせ、正面の木階の下には浜縁を張り出す。
向きは西。
その方角に、この社の由来がある。丘の下に広がる水田は、かつて日光池と呼ばれた潟湖だった。天正16年(1588年)、鹿野城主の亀井茲矩が池を干拓して水田を開いた折、神霊の加護を願って社を建てたと伝わる。棟札の写しには「奉建立日光大明神一宇本願亀井新十良」の文字が記されており、亀井新十郎は茲矩が若い頃に名乗っていた通称である。
創建当初の社号は日光大明神。明治のはじめに境内末社だった稲荷大明神(保食神)を合祀し、字名にちなんで杉谷神社と改めた。祭神は天照大神と保食神、旧社格は村社。現存する棟札は慶長10年(1605年)以降のもの29枚を数える。
設計書が残るということ
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説は、この本殿について、全体に装飾が少なく簡素にまとめられている点と、設計書が備わっている点を価値として挙げている。
後者は地味に見えて、実は重い。近世以前の社殿では、造営の経緯を棟札や大工家に伝わる図面の断片から推し量るしかない場合が多い。近代に入ると、仕様や積算を文書にまとめる方式が広まっていく。設計書が社に残っていれば、どういう仕様が選ばれ、どこに金を掛け、どこを削ったのかを読み解く手掛かりになる。ひとつの村が自分たちの社殿を建て替えたときの手続きごと残っている例、ということになる。
細部も見ておきたい。柱の上に載る大斗には皿斗が付く。大斗の下端に浅い皿形の受けを挟む手法で、古い建築に用例のある意匠である。その上に三斗を組む。妻飾りは虹梁の上に大瓶束を立てる形式。彫刻でにぎやかに飾る方向へは進まず、部材の輪郭と木肌そのもので見せている。
昭和25年(1950年)に改修を受けた。文化庁のデータベースは年代欄に「大正4年/昭和25年改修」と記すのみで、どの部分に手が入ったかまでは公表していない。
なお同じ境内の拝殿及び幣殿(登録番号31-0291)も、翌大正5年(1916年)の建築として同日に別件で登録されている。本殿1棟と拝殿及び幣殿1棟、合わせて2件2棟が杉谷神社の登録物件である。
訪ねるなら
社は集落の東、山腹に西を向いて鎮座する。境内面積はおよそ7,195平方メートル。参道にはシイの古木が立ち、周囲はスギとヒノキの造林に囲まれている。
本殿は幣殿の奥、一段高い位置にあり、参拝者が近づけるのは拝殿の前までである。内部は非公開で、正面からの外観も幣殿に遮られる。姿を確かめたければ社殿の脇へ回り、縁と高欄の側面を見上げることになる。特別公開や拝観料の設定は公表されていない。境内に門や塀はなく、日中の参拝を妨げるものは見当たらない。撮影について掲示による制限は公表されていないが、祭礼中や社殿の内側については神職・氏子の指示に従いたい。
最寄りはJR山陰本線の宝木駅で、直線距離にしておよそ1.3キロメートル。ひとつ東の浜村駅からでも2キロメートルに満たない。浜村温泉のすぐ東側の集落が日光にあたる。バスなら「矢口」停留所が最も近い。
秋の稲刈りが済むと、丘の下の水田に水がたまる。もともと潟湖だった土地で水はけが悪く、冬のあいだ浅い水面が広がる。日本野鳥の会鳥取県支部の探鳥地案内によれば、コハクチョウが毎年五十羽前後飛来し、マガンやヒシクイが混じることもある。数の上ではコガモが最も多く、ハシビロガモの群れも入る。四百年以上前に人が水を抜いた土地が、冬になると池の姿へ戻る。西を向いた本殿は、その往復を毎年同じ角度から見ている。
観察は農道からになる。路上駐車や畦への立ち入りは避けたい。
Q&A
- 杉谷神社本殿はいつ建てられ、いつ文化財になったのですか?
- 大正4年(1915年)の建立で、昭和25年(1950年)に改修を受けています。国の登録有形文化財(建造物)への登録は令和6年(2024年)3月6日、登録番号は31-0290です。国宝や重要文化財の「指定」とは別の制度で、届出により外観の変更などに一定の配慮を求める緩やかな保護の枠組みです。
- 杉谷神社本殿は自由に参拝できますか?拝観料や撮影の可否は?
- 拝観料や決まった拝観時間、特別公開の予定はいずれも公表されていません。境内に門や塀はなく、参拝は拝殿の前までとなります。本殿の内部は非公開です。撮影を禁じる掲示は公表されていませんが、祭礼中や社殿の内側については現地の神職・氏子の指示に従ってください。
- 杉谷神社本殿へのアクセスは?最寄り駅からどのくらいですか?
- 所在地は鳥取市気高町日光1035です。JR山陰本線の宝木駅から直線距離でおよそ1.3キロメートル、浜村駅からは2キロメートル弱。浜村温泉の東隣の集落が日光です。バス停は「矢口」が最寄りで、集落内は道幅が狭いため車の場合は駐車場所に注意が必要です。
- 杉谷神社本殿の「一間社流造」とはどのような形式ですか?
- 正面の柱間が一間(一区画)の小型社殿で、前面の屋根が長く伸びて向拝を覆う形式です。杉谷神社本殿は建築面積7.3平方メートル、銅板葺。四周に高欄付きの縁を回し、正面の木階の下に浜縁を付けます。組物は皿斗付大斗に三斗、妻飾りは虹梁大瓶束で、装飾は抑えられています。
- 杉谷神社本殿の祭神と創建の由来を教えてください。
- 祭神は天照大神と保食神、旧社格は村社です。天正16年(1588年)、鹿野城主の亀井茲矩が日光池を干拓した折に神霊の加護を願って創建したと伝わり、当初は日光大明神と称しました。明治初年に境内末社の稲荷大明神を合祀し、字名から杉谷神社へ改称しています。
基本情報
| 名称 | 杉谷神社本殿(すぎたにじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 鳥取県鳥取市気高町日光1035 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 31-0290/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)3月6日登録(第106回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積7.3平方メートル/木造平屋建、銅板葺、一間社流造/大正4年(1915年)建立、昭和25年(1950年)改修 |
| 所有者 | 宗教法人杉谷神社 |
| 公開状況 | 境内は常時参拝可。本殿内部は非公開。拝観料・拝観時間の設定は公表なし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「杉谷神社本殿」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014931
- 杉谷神社(鳥取縣神社廳)
- https://tottori-jinjacho.jp/pages/913/
- 登録有形文化財(建造物)最近の登録(文化庁)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei_saikin.html
- 探鳥地ご案内「水尻池・日光冠水田」(日本野鳥の会鳥取県支部)
- https://www.toritorihp.or.jp/sub3-7.html
- 亀井茲矩の歴史(亀井茲矩公没後400年記念事業)
- https://www.shikano-net.com/kamei/rekishi.html
- とっとり文化財ナビ「鳥取市」の文化財(鳥取県)
- https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/navi3_1.htm
最終更新日: 2026.08.21