旧橋本本陣池永家住宅離座敷とは:紀州藩主が泊まった本陣の座敷

旧橋本本陣池永家住宅離座敷(きゅうはしもとほんじんいけながけじゅうたくはなれざしき)は、和歌山県橋本市橋本の旧橋本本陣池永家住宅の敷地の奥にある江戸時代後期の木造平屋建ての離座敷で、平成10年(1998年)10月9日に登録有形文化財に登録された。

文化庁の記録では、屋根は瓦葺、建築面積は96平方メートルで、登録基準は「再現することが容易でないもの」である。

和歌山県によると、実際に藩主が宿泊した施設で、享和3年(1803年)頃の建築とみられる。

旧橋本本陣池永家住宅離座敷の構造

文化庁の解説によると、敷地の奥の紀ノ川に面した位置に建つ。北の間、上之間など主要な4室と、渡り廊下で結ばれた湯殿や雪隠などからなる。

主屋とは別の渡り廊下で連絡している。資料などから本陣として使われていたことが明らかで、内装の質も高い。

旧橋本本陣池永家住宅離座敷の見どころ

和歌山県は、本陣にふさわしい極めて上質なつくりと評価している。紀州藩第8代藩主の徳川重倫が文化2年(1805年)に宿泊したのをはじめ、何度か藩主が泊まった座敷である。

街道から離れた紀ノ川側に配し、専用の湯殿や雪隠を渡り廊下で結ぶ構成が、大名を迎える本陣の座敷の姿を伝えている。

旧橋本本陣池永家住宅離座敷の見学方法

個人が所有する住宅で、内部の公開についての公的な案内は確認できなかった。

本陣としての由緒や屋敷全体の配置は、旧橋本本陣池永家住宅のグループページにまとめている。

Q&A

Q池永家住宅離座敷はいつ建てられたのですか?
A和歌山県によると、享和3年(1803年)頃の建築とみられます。
Q離座敷には誰が泊まったのですか?
A紀州藩第8代藩主の徳川重倫が文化2年(1805年)に宿泊したのをはじめ、何度か藩主が泊まっています。
Q離座敷の構成は?
A北の間、上之間など主要4室と、渡り廊下で結ばれた湯殿や雪隠からなります。
Q離座敷はどこにありますか?
A敷地の奥、紀ノ川に面した位置にあります。
Q離座敷の登録基準は?
A「再現することが容易でないもの」です。

基本情報

名称旧橋本本陣池永家住宅離座敷(きゅうはしもとほんじんいけながけじゅうたくはなれざしき)
所在地和歌山県橋本市橋本2-80-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成10年(1998年)10月9日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積96平方メートル
所有者個人
公開状況公的な見学案内は確認できず

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧橋本本陣池永家住宅離座敷」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000886
和歌山県「わかやまの文化財 旧橋本本陣池永家住宅」
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai_71/

最終更新日: 2026.09.28