薗家住宅西土蔵とは

薗家住宅西土蔵は、和歌山県御坊市薗にある旧廻船商家・薗家の屋敷に江戸時代末期に建てられた土蔵造2階建の蔵で、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財に登録された。膳などの食器類を納めた収納蔵である。

敷地の北辺のほぼ中央に南を向いて建つ。屋根は切妻造平入本瓦葺、建築面積は34平方メートル。西隣に離れ、東隣に東土蔵が接するように並び、3棟で屋敷の北側の一辺をつくっている。

膳は、客を招いての祝いごとや法事の席で、一人ずつに料理を据えて出すための台である。人数分をそろえて持つ必要があり、使わないときにはまとめてしまっておく場所が要る。商家として客を迎える機会の多かった薗家が、膳のための蔵を独立して持っていたことは、屋敷での暮らしぶりをよく表している。

登録の理由と価値

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説は、窓の小さい閉じた外観の土蔵で、東土蔵と連続して敷地の北辺に重厚な屋敷の景観をつくっていると評価する。薗家住宅西土蔵は、単独の蔵というより、東土蔵と組になった北側の壁として価値を認められている。

外壁は漆喰塗で仕上げ、腰を竪板張とする。同じ江戸時代末期の人形蔵も同じ仕上げで、白壁の下を板で守る共通の外装が、屋敷の西寄りの2棟を揃えている。

内部は各階とも板敷で、1階を東西の2室に仕切り、2階は1室とする。建築面積34平方メートルは、27平方メートルの人形蔵よりひと回り大きく、62平方メートルの東土蔵の半分ほどにあたる。納める物の量に応じて、蔵の大きさが決められていたことがうかがえる。

見どころ

薗家住宅西土蔵は、隣の東土蔵と並べて見るとよい。どちらも切妻造平入の本瓦葺で、南を向いて軒を連ねる。ただし東土蔵は正面に本瓦葺の下屋を付け、漆喰を軒まで塗り込めているのに対し、西土蔵は腰に竪板を張る。同じ時期の蔵でも、外装の手の掛け方が1棟ずつ違う。

西隣の離れとの取り合わせも見どころである。昭和28年(1953年)頃の離れは竪板張の外壁に桟瓦葺の屋根で、江戸の蔵とは素材がまったく異なる。北辺の並びは、西から昭和・江戸・江戸の順に建物が続き、西土蔵がその境目に立っている。

見学方法

薗家住宅西土蔵は個人の住宅の一部で、内部も敷地も公開されていない(2026年9月24日確認)。南を向いた正面は中庭に面しており、新町通りからは主屋の奥になるため、公道から正面を見ることはできない。

敷地の外から建物をのぞき込んだり、レンズを向けたりするのは控えたい。

敷地への行き方と見学の条件は、薗家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q薗家住宅西土蔵には何を納めていたのですか。
A膳などを納めていました。客を迎える祝いごとや法事で使う膳を、人数分まとめてしまっておくための蔵です。
Q薗家住宅西土蔵は見学できますか。
Aできません。個人の住宅の一部で、内部も敷地も非公開です。正面は中庭に面しており、公道からは見えません(2026年9月24日確認)。
Q薗家住宅西土蔵はいつ建てられましたか。
A江戸時代末期です。令和6年(2024年)8月15日に登録有形文化財に登録されました。
Q薗家住宅西土蔵と東土蔵の違いは何ですか。
Aどちらも切妻造平入の本瓦葺ですが、西土蔵は腰を竪板張とし、東土蔵は正面に下屋を付けて漆喰を軒まで塗り込めています。大きさも西土蔵が34平方メートル、東土蔵が62平方メートルと異なります。
Q薗家住宅西土蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。文化庁は、東土蔵と連続して敷地の北辺に重厚な屋敷の景観をつくる点を評価しています。

基本データ

名称薗家住宅西土蔵(そのけじゅうたくにしどぞう)
所在地和歌山県御坊市薗691
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 30-0365
指定年令和6年(2024年)8月15日登録
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積34平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(正面は公道から見えない)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 薗家住宅西土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015074
国指定文化財等データベース(文化庁) 薗家住宅東土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015075
和歌山県教育庁「わかやまの文化財」 薗家住宅
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-1041/

最終更新日: 2026.09.24