薗家住宅離れとは

薗家住宅離れは、和歌山県御坊市薗にある旧廻船商家・薗家の屋敷に昭和28年(1953年)頃に建てられた木造2階建の離れで、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財に登録された。7棟のうちでもっとも新しい建物である。

敷地の北辺の西寄りに南を向いて建ち、東隣に西土蔵が続く。屋根は入母屋造妻入桟瓦葺、外壁は竪板張で、建築面積は25平方メートル。1階と2階に1部屋ずつを重ねた、小ぶりな建物である。

昭和28年頃は、主屋と南土蔵にも改修の手が入った時期にあたる。江戸時代末期の主屋と蔵に、この時期の手直しと新築が重なって、今の屋敷構えが整った。

登録の理由と価値

登録有形文化財は、原則として建設後50年を経た建造物が対象になる。薗家住宅離れは登録の時点で約70年を経ており、戦後の建物でもこの条件を満たしている。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説は、離れが東の西土蔵に続いて敷地北辺の景観を形づくっていると評価する。北辺には西から離れ・西土蔵・東土蔵が一列に並び、江戸の蔵2棟の西端を戦後の離れが締めくくる。材料も屋根も蔵とは異なるが、並びの一部として屋敷の北側の輪郭をつくっている。

間取りは各階とも同じ考え方でまとめられている。北側に寄せて押入付きの6畳を1室置き、南側を明るい側に開ける。2階の北面には窓があり、そこから下川を望む。蔵が中身を守るために閉じた建物であるのに対し、離れは外の眺めを取り込むための建物になっている。

見どころ

1階の南面の処理に注目したい。2階の屋根から下屋を葺き降ろし、戸口の前を東西に通る通路のような空間にしている。雨の日も濡れずに出入りでき、隣の西土蔵へも軒下を伝って行き来できる。小さな建物が隣の蔵と中庭をつなぐ役を担っている。

屋根と外壁の取り合わせにも時代が出る。蔵の本瓦葺に対して離れは桟瓦葺、蔵の漆喰壁に対して離れは竪板張である。桟瓦葺は本瓦葺より軽く、近代に広まった葺き方で、同じ北辺の並びの中で素材が切り替わる位置が、江戸と昭和の境目になっている。

見学方法

薗家住宅離れは個人の住宅の一部で、内部も敷地も公開されていない(2026年9月24日確認)。南を向いた正面は屋敷の内側に面しており、新町通りからは主屋の奥にあたるため、公道から正面を見ることはできない。

敷地の北側には下川が流れるが、離れの背面が川筋からどう見えるかは確認できていない。敷地の外から建物をのぞき込むのは控えたい。

敷地への行き方と見学の条件は、薗家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q薗家住宅離れはいつ建てられましたか。
A昭和28年(1953年)頃です。薗家住宅の7棟のうちもっとも新しい建物です。
Q薗家住宅離れは見学できますか。
Aできません。個人の住宅の一部で、内部も敷地も非公開です。正面は屋敷の内側を向いており、公道からは見えません(2026年9月24日確認)。
Q戦後の薗家住宅離れがなぜ登録有形文化財になったのですか。
A登録有形文化財は原則として建設後50年を経た建物が対象で、離れは登録時に約70年を経ていました。敷地北辺の景観を形づくる点が評価されています。
Q薗家住宅離れの間取りはどうなっていますか。
A各階とも北側に寄せて押入付きの6畳を1室置きます。2階の北面の窓からは下川を望めます。
Q薗家住宅離れの屋根と外壁はどうなっていますか。
A屋根は入母屋造妻入の桟瓦葺、外壁は竪板張です。江戸時代末期の蔵が本瓦葺・漆喰壁であるのとは素材が異なります。

基本データ

名称薗家住宅離れ(そのけじゅうたくはなれ)
所在地和歌山県御坊市薗691
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 30-0364
指定年令和6年(2024年)8月15日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積25平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(正面は公道から見えない)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 薗家住宅離れ
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015073
和歌山県教育庁「わかやまの文化財」 薗家住宅
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-1041/
文化庁 登録有形文化財登録基準
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei_kijun.html

最終更新日: 2026.09.24