紀淡海峡の小さな無人島に立つ、明治日本最初期の洋式灯台

和歌山市の沖合、紀伊水道と大阪湾を分ける紀淡海峡。その狭い水路に浮かぶ友ヶ島群のひとつ、沖ノ島の西端、海抜51メートルの崖の上に、白い円筒形の石造灯塔がひっそりと立っている。これが友ヶ島灯台である。

建築面積わずか55平方メートル、高さ12メートル。塔の規模だけ見れば慎ましいといってよい。しかしこの灯台は、明治5年(1872年)6月25日に初点灯した、日本で8番目の洋式灯台であり、設計者は明治政府が招いたイギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントン。慶応3年(1867年)に江戸幕府がイギリスと交わした約定によって建設が決まった五基の灯台の一つで、約定の履行は明治政府に引き継がれた。平成27年(2015年)11月17日、登録有形文化財(建造物)に登録されている。

近隣の加太港からフェリーで20分。沖ノ島は無人島だが、明治後期から第二次世界大戦末期まで陸軍の要塞拠点として整備された歴史を持ち、煉瓦造の砲台跡が今も島内のあちこちに残る。灯台はこれらの遺構と地続きに、今なお紀淡海峡を行き交う船舶の安全を守る現役の航路標識として光を放ち続けている。

大坂条約と「お雇い外国人」ブラントンの仕事

幕末、兵庫(神戸)開港を控えた江戸幕府は、慶応3年に英・米・仏・蘭との間に「大坂条約」を結び、瀬戸内海航路の安全確保のために洋式灯台の建設を約束した。江戸湾入口の観音埼・野島埼・剣埼、伊勢湾入口の樫野埼・神子元島、そして瀬戸内海への入り口にあたる紀淡海峡の友ヶ島、潮岬、佐多岬、伊王島、白洲、岩屋。総数で十数基にのぼる計画は、政権が変わってもそのまま継続された。

明治元年(1868年)、明治政府の招きで来日したのが、スコットランド出身の若き土木技師リチャード・ヘンリー・ブラントン(当時27歳)である。彼は灯台設計の専門教育を受けてはおらず、トーマス・スティーブンソン父子による短期研修を受けたうえで来日したと伝わる。それでも在任8年余りの間に26基の洋式灯台と多くの灯標、付属施設を手がけ、後に「日本の灯台の父」と呼ばれることになる。

友ヶ島灯台の工事は明治3年(1870年)4月7日に着工し、2年2か月をかけて完成した。建設当初の灯器は、イギリスから運ばれた第3等不動レンズと石油三重芯ランプ。塔体は地元産と考えられる石材を円筒形に積み上げ、半円形の附属舎を同心に取り付け、塔頂部は鉄板でドーム状に成形している。塔と附属舎が連続して一体に見える構成は、ブラントンが手がけた初期の石造灯台に共通する形式で、菅島灯台(三重県)や潮岬灯台旧塔などと意匠的な系譜を共にする。

軍事要塞と灯台の交錯――一度だけ消えた光

建設から18年後の明治23年(1890年)、灯台は現在地よりおよそ25メートル東側へ移築された。理由は陸軍によって沖ノ島全体が「由良要塞」の一部として整備されることになり、海岸線寄りの位置では砲台の射界や工事の支障になるからである。石造灯台の移築は、それ自体がきわめて稀な工事といえる。塔体を解体し、新しい位置で再構築したと考えられているが、当時の工事記録の詳細は乏しい。

もう一つの転機は太平洋戦争末期に訪れた。昭和20年(1945年)3月、米軍機の襲撃を受けた灯台は被害を出し、加えて軍の戦術的要請もあって一時消灯を余儀なくされる。建設以来一度も消えなかった光が、73年目にして途絶えた。再点灯は終戦翌日の8月16日。仮復旧ながら早々に光を取り戻している。以来、灯火は途切れていない。

昭和52年(1977年)に改修が行われ、内部の設備は近代化されたが、外観は明治期の姿を概ね保つ。海上保安庁の「保存灯台」では特に歴史的・文化財的価値が高いAランクに位置付けられており、対象23基のうちの一基である。

見どころ──海抜51メートルから見える紀淡海峡

灯台の建つ地点は海抜51メートル。野奈浦桟橋から尾根筋の遊歩道を1時間ほど歩いた先にある。塔そのものは外観のみの見学だが、毎年「海の日」前後の数日間、海上保安庁による一般公開が行われ、灯室内部や螺旋階段を上ることができる年もある(実施有無は当年の告知を要確認)。

見学のポイントは三つある。第一に、灯塔と半円形附属舎が連続する平面構成。多くの灯台が円筒形の塔だけを独立して建てるのに対し、ブラントン式の初期灯台は附属舎を一体化させる構成を採る。塔の根元を回り込むように眺めると、その意匠の特徴が分かる。

第二に、灯室頂部の鉄製ドーム。経年で塗装の重ね塗りが厚みを増しているが、リベットの並びや継ぎ目に明治期の鋼板加工の手仕事が読み取れる。

第三に、灯台脇の展望地から眺める紀淡海峡そのものだ。北西方向には淡路島の南端と由良瀬戸、南には沼島、晴れた日には四国の山影まで望める。眼下を行き来する大型船は今もこの光を頼りにしている。明治の技術者が「ここに灯台が要る」と判断した理由は、現地に立つと一目で理解できる。

島内をめぐる――砲台跡と「ラピュタの島」

灯台の魅力は単体では完結しない。沖ノ島には第一砲台跡から第五砲台跡まで、由良要塞の遺構が点在し、なかでも第三砲台跡は煉瓦アーチの地下通路と砲座の組み合わせが森の中に呑み込まれつつある光景で知られる。蔦や苔に覆われた赤煉瓦の佇まいから、ある宮崎駿作品の世界観に重ねて語られることが多い。

桟橋から灯台までの道のりに、第二砲台跡、第三砲台跡、旧海軍聴音所跡、子午線広場(日本標準時子午線・東経135度のモニュメント)などが散らばっており、ハイキングコースとしては所要2時間30分から3時間半ほど。坂道と階段が多く、舗装も完全ではないので、歩きやすい靴とライト(砲台跡内部用)の持参を勧めたい。

島には宿泊施設も売店もない。飲料水と昼食は本土側で用意してから渡るのが基本である。フェリーの最終便を逃すと島内で野営することになるため、帰りの便の時刻は最初に確認しておきたい。

周辺情報・アクセス

本土側の起点は和歌山市加太地区。南海電鉄加太線の終点・加太駅から加太港までは徒歩約20分、港から沖ノ島の野奈浦桟橋までは友ヶ島汽船のフェリーで約20分である。所要時間は港から灯台往復で半日、島全体を周遊するなら丸一日を見ておくとよい。

フェリーは3月から11月は水曜運休(祝日を除く)の毎日運航、12月から2月は土・日・祝のみの運航となる。定員100名で前日予約は不可、第2便以降は当日整理券制。強風時の欠航もあり、繁忙期は満席で乗れないこともある。早朝の便で渡るのが確実だ。

加太地区そのものも見どころに事欠かない。淡嶋神社は人形供養と婦人病・安産祈願で知られ、雛人形を舟で海に流す「雛流し神事」が毎年3月3日に行われる。一本釣りの加太鯛料理を出す店も多く、灯台観光の前後で味わうのに向く。

Q&A

Q友ヶ島灯台の内部に入って見学することはできますか?
A通常は外観のみの見学です。海上保安庁が「海の日」前後に行う灯台一般公開で内部を公開する年もありますが、毎年実施とは限らず、事前に告知を確認する必要があります。
Q桟橋から灯台までどのくらい歩きますか?
A野奈浦桟橋から灯台までは片道およそ50〜60分。途中に第二砲台跡や子午線広場を経由するルートが一般的で、勾配のある階段が含まれます。歩きやすい靴で訪れてください。
Qフェリーが欠航することはありますか?
Aあります。強風や高波のときは欠航となり、判断は当日朝に行われます。冬季は欠航率が高くなるため、訪問前日と当日の朝に友ヶ島汽船の運航情報を確認してください。
Q島内に食事や水を買える場所はありますか?
Aありません。沖ノ島は無人島で、自動販売機も売店も常設されていません。飲料水と食事は本土側の加太地区で必ず用意してから渡航してください。
Q日本人技師ではなく、英国人が灯台を設計したのはなぜですか?
A幕末から明治初期にかけて、日本にはフレネルレンズや航路標識の専門技術がほとんど蓄積されていませんでした。慶応3年に幕府が英国と結んだ大坂条約に基づき、英国側から技師の派遣を受ける形で建設が始まり、ブラントンが代表的な技師として招かれました。

基本データ

名称友ヶ島灯台(ともがしまとうだい)
所在地和歌山県和歌山市加太苫ヶ沖島2673-1内
位置北緯34度16分51秒、東経135度00分03秒(海抜51m)
文化財区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成27年(2015年)11月17日
建設年明治5年(1872年)。明治23年(1890年)移築、昭和52年(1977年)改修
初点灯明治5年6月25日
設計者リチャード・ヘンリー・ブラントン(英国)
構造石造、円筒形、半円形附属舎、頂部鉄板ドーム
規模高さ12メートル、建築面積55平方メートル、1基
所有者国(国土交通省)
その他指定経済産業省「近代化産業遺産」、海上保安庁「保存灯台」Aランク
所在区域瀬戸内海国立公園内
公開状況外観見学随時可能(無料)。内部公開は年に数回程度
アクセス南海電鉄加太線「加太駅」徒歩約20分→加太港から友ヶ島汽船で約20分、野奈浦桟橋下船。桟橋から灯台まで徒歩約50〜60分

参考文献

文化遺産オンライン「友ヶ島灯台」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/266032
文化庁「近代の文化遺産の保存と活用」友ヶ島灯台
https://www.bunka.go.jp/kindai/todai/037/index.html
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010877
和歌山県教育庁「わかやまの文化財」友ヶ島灯台
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai_707/
和歌山市観光「灯台」
https://www.city.wakayama.wakayama.jp/kankou/kankouspot/1027585/1027596.html
友ヶ島汽船 公式サイト
https://tomogashimakisen.com/

最終更新日: 2026.05.16