山本家住宅主屋

座敷部の屋根に三階が載る。野上谷の街道沿いの商家としては珍しい高さで、最上階の木製雨戸を引き開けると、視界は屋敷の瓦屋根を越えて山並みへと広がる。ガラス戸はなく雨戸だけなので、雨の日は始末に困り、晴れた日は風が通る。ここは来客をもてなすための部屋だった。

和歌山県海南市阪井、山本勝之助商店の主屋である。明治13年(1880)、山本勝之助(1862〜1939)が傾きかけた家業の蝋・ろうそく商を立て直すべく、山椒や肉桂など薬種の商いへ転じ、さらに野上地区に多い棕櫚(シュロ)に着目して身代を築いた。棕櫚を撚った縄は耐水性に富み、漁具用として全国に売られた。商店は屋号「かねいち」のもと、いまも同じ地で営みを続けている。

二度に分けて建った主屋

主屋は二段階にわたって建てられ、その来歴は屋根構成に刻まれている。西側の居室部は江戸末期、おおむね1830年から1867年の間のもの。木造つし2階建で、上階は天井の低い物置層、切妻造平入の屋根を架ける。葺材は下屋庇とも本瓦葺である。

明治39年(1906)、東に座敷部を増築した。寄棟造の三階建とし、屋根は軽い桟瓦で葺く。三階座敷には高欄付の縁がめぐる。低い切妻の居室部に背の高い寄棟の座敷部を並べたことで、屋根は段差と起伏のある輪郭を見せ、街道からの印象を決めている。

外壁は黒漆喰塗の真壁造とし、柱を塗り込めず見せるため、暗い柱の格子が一段と暗い漆喰の面を縁取る。農家というより町家に近い、抑制のきいた構えである。

登録の理由と価値

主屋は登録有形文化財(建造物)で、平成19年(2007)10月2日に登録された(登録番号30-0123、告示は同月22日)。平成8年に始まった登録制度は、重要文化財の指定に比べて緩やかな保護措置で、許可制ではなく届出と指導・助言を基本とし、社会的評価を受ける前に失われかねない近代の建造物を幅広く後世へ継ぐために設けられた。ここで満たされた基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

価値は単独の意匠よりも、一群として残った点にある。山本家は主屋・店舗・店蔵・内蔵・門・石塀を、野上谷の棕櫚産業を支えた街道沿いにまとめて保ち、しかもそれを建てた商家が今も内側で働いている。三階の座敷部や黒漆喰の外壁は、それだけでも数少ない構えだが、元の敷地のなかで使われ続けているからこそ、成功した明治の商人が自らをどう見せようとしたかが伝わる。

見どころ

街道から見ると、低い切妻の居室部が寄棟三階の座敷部へと段を上げていき、いずれも黒漆喰で覆われる。玄関土間には「かねいち」の紋を入れた提灯箱が六箱、出入口上の長押に並ぶ。火事の際に持ち出す提灯とろうそくを納めた箱である。同じ紋は内蔵の壁や丸瓦にも見つかる。

内部には引き出しの多い百味箪笥が残り、かつて薬種を蓄えた。座敷の細部には勝之助の趣味が現れ、襖絵や欄間は定型を外れた遊び心のある図柄に及ぶ。勝之助は浄瑠璃を愛した好事家で、その演劇的な気質が建物の隅々に通っている。

実用上の注意を一つ。ここは営業中の商家であって、見学施設ではない。店舗は客を迎え、塀・門・屋根の連なりは街路から自由に眺められるが、住居部分の内部は常時公開されていない。内部に立ち入れることを前提にしないほうがよい。

Q&A

Q主屋の中に入れますか。
A敷地は公開施設ではなく営業中の商家です。店舗は客を迎えますが、住居部分の内部は常時公開されていません。塀・門・屋根の街並みは街路から眺められますので、内部見学を前提とせずお越しください。
Qなぜ田舎の商家に三階があるのですか。
A明治39年の座敷部増築で、四方を見渡す最上階を設け、来客のもてなしに使いました。木製の雨戸はありますがガラス戸はなく、晴れた日は風が通り抜けます。
Q商店では何を売っていますか。
A家業の礎となった棕櫚箒・棕櫚たわしや、紀州産の山椒など、和歌山の山産物を今も製造・販売しています。
Q「かねいち」とは何ですか。
A江戸期から続く当家の屋号です。「かね」は大工道具の曲尺をかたどり、角度を正してまっすぐ筋を通すことを、「一」は正直を商売の第一とすることを表します。
Q行き方を教えてください。
AJR海南駅からオレンジバス(登山口行き)で「亀池公園」下車、停留所の前です。車なら阪和自動車道海南東インターから国道370号を東へ約5分です。

基本情報

名称山本家住宅主屋(やまもとけじゅうたくしゅおく)
所在地和歌山県海南市阪井679他
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成19年(2007)10月2日登録、同月22日告示/登録番号30-0123
員数1棟
年代江戸末期(1830〜1867)、明治39年(1906)座敷部増築
構造及び形式木造平屋一部3階建、瓦葺、建築面積177㎡
所有・用途山本勝之助商店(営業中の商家)
交通JR海南駅からオレンジバス約10分「亀池公園」下車、または海南東ICから国道370号を車で約5分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/山本家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006385
山本勝之助商店 公式サイト(沿革・屋号「かねいち」)
https://yamamotokatsunosuke.com/about.html
一般社団法人 和歌山県建築士会 遺産めぐり「山本勝之助商店」
https://www.wakayama-aba.jp/isan_meguri/山本勝之助商店

最終更新日: 2026.06.22