旧松岡家住宅後の蔵とは

旧松岡家住宅後の蔵は、山形県長井市歌丸にある明治32年(1899年)建築の土蔵で、道具や米を納める蔵として使われ、令和4年(2022年)10月31日に登録有形文化財となった。

読みは「うしろのくら」。長井の市街地の南に広がる田園の農家の屋敷で、主屋の北西、つまり主屋の背後に東を向いて建つ。屋敷の表に建つ前蔵と対になる名前である。土蔵造で、構造は平屋一部2階建、建築面積は46平方メートル。昭和中期に改修を受けている。

前蔵が籾を蓄える蔵だったのに対し、旧松岡家住宅後の蔵は農具と米を納める蔵だった。山形県の資料は、北側の土間を作業場、南側の二階建ての板敷きを米蔵と説明している。作業と貯蔵を一棟にまとめた、働く蔵である。

登録の理由と価値

旧松岡家住宅後の蔵は、令和4年(2022年)10月31日付の第103回登録で登録番号06-0205を受けた。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

文化庁の解説は、この蔵が敷地の西側の景観をつくっている点を挙げる。主屋の背後を締める位置にあり、屋敷林とともに屋敷の西の輪郭を形づくる。籾を蓄える前蔵と、農具と米を納める後の蔵が別々に残っていることで、稲作農家が収穫物と道具をどう分けて管理したかがよく見える。

構造と見どころ

二階建ての切妻屋根と置屋根

文化庁の解説は旧松岡家住宅後の蔵を二階建とし、構造欄は平屋一部2階建と記す。蔵の南側の部分だけに二階がある、という意味で読むと両者は合う。屋根は切妻造の平入で、鉄板葺の置屋根形式。土で塗り込めた蔵の上に、別の屋根を載せる構えである。

鉄板で守った南西の壁

外壁は中塗仕上で、南西面だけを鉄板張りにして養生している。冬の季節風や雨が当たりやすい面を覆って、土の壁が傷むのを防ぐための手当てと考えられる。外観を見るときは、この一面だけ質感の違う壁がよい手がかりになる。

北の作業場と南の米蔵

戸口は東面にあり、内部は二室に分かれる。北が土間、南が板敷きで、板敷きの上部に二階を設けている。文化庁データベースの写真の一枚は内部北側の作業場を写したもので、土間で藁仕事や道具の手入れをし、隣の板敷きと二階に米を納めた、という使い分けが想像できる。

見学について

旧松岡家住宅後の蔵の所有者は株式会社阿部商店で、2026年10月時点で内部公開の案内は公的な資料では確認できなかった。敷地に立ち入らないようにしたい。後の蔵は主屋の背後に建つため、屋敷の外から見えるかどうかは現地で確かめていない。

東面の外観と内部北側の作業場は、文化庁の国指定文化財等データベースの写真で確かめられる。山形県が公表した資料にも、旧松岡家住宅後の蔵の写真が載っている。

Q&A

Q旧松岡家住宅後の蔵はいつ建てられましたか?
A明治32年(1899年)の建築です。昭和中期に改修されています。
Q旧松岡家住宅後の蔵の読み方は?
A「きゅうまつおかけじゅうたくうしろのくら」と読みます。主屋の背後に建つ蔵で、表に建つ前蔵と対になる名前です。
Q旧松岡家住宅後の蔵は何に使われた蔵ですか?
A道具や米を納める蔵です。北側の土間を作業場とし、南側の板敷きと二階を米蔵として使っていました。
Q旧松岡家住宅後の蔵は見学できますか?
A2026年10月時点で、内部公開の案内は公的な資料では確認できませんでした。所有者は株式会社阿部商店です。文化庁データベースの写真で外観と内部を見ることができます。
Q旧松岡家住宅後の蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で、令和4年(2022年)に登録されました。敷地の西側の景観をつくる土蔵として評価されています。

基本情報

名称旧松岡家住宅後の蔵
所在地山形県長井市歌丸字窪二1629
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和4年(2022年)10月31日登録
員数1棟
寸法土蔵造平屋一部2階建、鉄板葺、建築面積46平方メートル
所有者株式会社阿部商店
公開状況公開の案内なし(所有者の管理する建物)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧松岡家住宅後の蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014312
文化遺産オンライン「旧松岡家住宅後の蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/547581
山形県「旧松岡家住宅主屋ほか4件及び近岡家住宅主屋1件」(令和4年10月31日付け官報告示)
https://www.pref.yamagata.jp/documents/19483/touroku.pdf

最終更新日: 2026.10.07