綾羅木郷遺跡とは:響灘に面した弥生時代前期を中心とする集落遺跡

綾羅木郷遺跡(あやらぎごういせき)は、山口県下関市綾羅木にある弥生時代を中心とする遺跡で、昭和44年(1969年)3月11日に国の史跡に指定された。

文化庁の記録では、指定基準は「貝塚、集落跡、古墳その他この類の遺跡」にあたり、昭和56年(1981年)に一部解除と追加指定が行われている。

山口県によると、本州西端の響灘に面する地域にあり、この地域は北九州とともに弥生時代の中心地域だった。

綾羅木郷遺跡の遺構と保存

山口県によると、台地の東部からは竪穴住居跡や埋葬遺構が、中央部から西側では弥生時代前期に特徴的な多数の袋状竪穴群や、弥生時代中・後期の溝などが見つかった。古墳時代(ほぼ3世紀末から7世紀)の住居跡もあり、台地の北西の端には箱式石棺を主体とする前方後円墳もある。遺物として、弥生時代前期前半の土器や多くの石器が見つかった。

山口県によると、昭和40年度から43年度(1965年度から1968年度)に硅砂の採取に伴う発掘調査が行われ、昭和44年(1969年)3月8日には未調査地域が企業によって破壊された。企業は史跡指定の取り消しを求めて提訴し、12年にわたる口頭弁論の末、昭和56年(1981年)7月17日に国との間で和解が成立した。

綾羅木郷遺跡の見どころ

山口県によると、出土品一括は山口県指定有形文化財で、下関市の考古館などに保管されている。

下関市立考古博物館によると、遺跡は遺跡公園として整備され、弥生時代と古墳時代の竪穴住居が復元されている。西地区には、5世紀頃の全長約40メートルの前方後円墳の若宮古墳(若宮1号墳)をはじめとする古墳群や、弥生時代の墳丘墓が残る。

綾羅木郷遺跡の見学方法

下関市立考古博物館によると、遺跡公園の芝生広場は散策の場として親しまれており、移築された岩谷古墳の石室の中を見学できる。

Q&A

Q綾羅木郷遺跡はいつ史跡に指定されましたか?
A昭和44年(1969年)3月11日に指定され、昭和56年(1981年)に一部解除と追加指定が行われました。
Q綾羅木郷遺跡からは何が見つかりましたか?
A竪穴住居跡、袋状竪穴群、溝、前方後円墳、弥生時代前期の土器や石器などです。
Q綾羅木郷遺跡の保存をめぐる出来事は?
A硅砂採取に伴う破壊と指定取り消し訴訟があり、昭和56年(1981年)に和解が成立しました。
Q綾羅木郷遺跡は見学できますか?
A遺跡公園として整備され、復元された竪穴住居などを見学できます。
Q綾羅木郷遺跡の読み方は?
A「あやらぎごういせき」と読みます。

基本情報

名称綾羅木郷遺跡(あやらぎごういせき)
所在地山口県下関市綾羅木
指定区分史跡
指定年昭和44年(1969年)3月11日指定(昭和56年(1981年)一部解除・追加指定)
員数文化庁データベースに記載なし
寸法文化庁データベースに記載なし
所有者下関市(管理者)
公開状況遺跡公園として公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「綾羅木郷遺跡」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2435
文化遺産オンライン「綾羅木郷遺跡」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/162248
山口県の文化財「綾羅木郷遺跡」
https://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/sp/bunkazai/summary.asp?mid=10029
下関市立考古博物館「遺跡公園(綾羅木郷遺跡)」
https://www.shimo-kouko.jp/exhibition/historic-park/

最終更新日: 2026.09.29